浅き夢見し恋せよ乙女

□繋いだ手から伝わる温もり
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暖かいきざしに目を細め、ひとり日向ぼっこをしていた時だ。
向こうから近づいてくる騒がしい足音。
城内でそんなに騒がしい者なんて私が思いつくに一人しかいない。



「hey!美雨!今夜、星見にいかねえか!?」
「え?」


















「…寒いんですけども」


政宗と美雨は、丘へとつづく坂道を歩き続けていた。
春といっても、夜まで空気がポカポカしているはずがない。
夜の風は冷たくて鼻にツンとくる。




「ha!わかってねえな。寒いからこそきたんだ。空気が澄んでて星がよく見えるからな!」
「どーせ、あたしなんかにはわかりませんよ、政宗とは違って」





聞くからにイライラしている声に政宗は何も返してこなかった。






どうしてわたしは…






自分の可愛げのなさにイライラする。
なんで素直に言えないんだろう。
いつも反発するような物言いで、きっと政宗は呆れている。


俯きざまにため息をついた。
静寂の中に響く足音があまりにも悲し気で泣きそうになった。




思わず立ち止まる。
否、足を動かすことが出来なかった。
まるで地面に縫いつけられたかのように足は言うことを聞いてはくれないのだ。
もうひとつの足音は少しずつ遠くなっていく。
私が立ち止まったことも彼はきっと気づいてない。



どうしてここに来てしまったのだろう。
断れば政宗は別の者を連れやって来ていただろうに。
わかりきっていたはずなのに。
わかりきって、いたはずなのに…


このまま帰ってしまおうか。


そんな考えが頭をよぎった。





灯りも何もない暗闇の中、泣き出してしまいそうな自分をぐっと堪えしゃがみ込んだ。


せめてあの足音が聞こえなくなるまで…


そう思い、静けさに耳を澄ませ遠くなるそれに聞き入っていた。
だが、先を歩いていた足音は不意に止み、しばらくして再び音をたて始めた。
その音は遠のかず、逆に近づいてきている。
誰のものかなんて、わかりきっているけど。






「どうした、気分でも悪いのか?」
「政宗…」


暗闇で表情が上手く読めないが不思議そうな顔をしているであろうことは声でわかった。




よく気づいたね、そう言おうとして止めた。
また嫌味のように言ってしまいそうだったから。




「うん、ちょっとね…でも平気だから…」



誤魔化す為に出した精一杯の笑い声。
それはあまりにも乾いており、勘のいい政宗相手には少々無謀な嘘のつきかただったかもしれない。
ばれたらどうしようと身体が小刻みに震えた。





「しょうがねえなぁ、ほら」
「え…?」




俯かせていた顔をあげると、そこには左手を差し出す政宗が立っていた。




「…?」
「疲れてんなら手くらい貸してやるよ」




ほら。




差し出された手に無意識に手を伸ばす。


触れた彼の手は温かった。






「お前の手冷てえな」




そう感じたと同時に彼は言った。
決して悪い意味で言ったわけではない、率直な感想として言ったまでで深い意味もなかった。





「…ごめんなさいね、わざわざ冷たくて可愛らしくもない手握らせて!」




ハッとした。
また嫌味のような攻撃的口調で言葉を放ってしまったのだ。
政宗は無言のまま何も言わない。




今度こそ、嫌われた…




右隣にいる彼の顔を見るのが怖くて、どんな顔をしているのか考えると悲しくなって、意識的に繋いだ手を離そうとした。

しかし、それに反して政宗の手は握る力を強めた。




「なんだそりゃ、オレはそんなこと思わねえぜ?」
「え…」



頂へと足を進めながらも2人の間で言葉は紡がれていく。



「そういう冗談はやめてよ、私の手、こんなにマメだらけでゴツゴツしてて女らしさなんて微塵もなくて」
「なんでそこらの女とお前を比べなきゃなんねえんだよ、これはお前が頑張ってる証拠だろ?そこらの女の手より何倍も綺麗にオレには見えるぜ?」



それによーー…
政宗は続ける。



「手が冷てえ奴は心があったけえってよく言うしな。オレぁ知ってるぜ」



お前が優しいことくらい。



「政む、ね…?」



空気の冷たさのせいではない。
鼻がツンとして、目頭が熱くなって、視界がぼやける。




「お前は昔っからだもんな、口調もキツくて素直に物事が言えなくて…」


でも、笑った顔は誰よりも明るくて優しくて、
暖かかった。



「お前がなんと言おうとオレはお前を嫌いになったりはしねえ。それが本音じゃねえと知ってるからな」
「…ひっく…ごめんなさい…政宗、っ私…」




優しくなりたい。



声を詰まらせながら私は言った。
ずっとずっと理想にしていた自分。
でも、簡単に変えられるハズなどなくて。



泣きじゃくる美雨に政宗は笑う。



「無理なんかするな、お前はお前らしくいりゃいいんだ」
「私らしく…?」
「あぁ、お前らしく、一歩ずつ進んで行きゃあいい」


私、らしく…か。


政宗の言葉は自分の胸の内に溶けこんでいった。


「うん、頑張る。頑張って、他の人にも政宗にも優しくなる…」


政宗は一瞬驚いたような素振りを見せたが、またいつもの口ぶりで言った。


「ha!それ以上優しくなられちゃあオレが困る」
「なんで…?」



政宗がふっとこちらを向いた。
既に闇に目がなれている。
彼の顔は、先程と打って変わりはっきりと見えた。



「なんで?…お前の優しさはオレだけが知ってりゃいいからだ」
「!!」
「その泣き顔も、笑った顔も、
怒った顔も、全部オレだけのもんだ  you see?」
「…I see」



いつか政宗に教わった南蛮語で片言ながらも返事を返した。



「わかりゃいい」


答えを聞いたときの政宗の顔はとても嬉しそうだった。



繋がっている政宗の手を見つめ
ふと美雨が声を洩らす。



「ねえ政宗」
「なんだ?」
「あのね、手があったかくても心もあったかい人はいるんだよ」
「ah?そんな奴いんのか?誰だよ」
「ふふっ、内緒」
「なんだァ?言っといてそりゃねえだろ」




隣でブーブー言っている政宗をよそに美雨は夜空に広がった星々を見上げた。



政宗の言ったとおり、空気が澄んでいて星はとても美しく見えた。



一歩、ほんの一歩だけど大きく前に進めた気がするの。
貴方がそばにいてくれたから。




「ありがと政宗」
「ん?なんのことだ?」
「なんでもない。ほら、早く行こ!」


二人の頭上を一筋の光が流れていった。



END.

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