浅き夢見し恋せよ乙女

□雨に伝う
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頬を伝ったのは
雨だったのか涙だったのか―――
























真っ黒な空から降り注ぐ雨。
私は仰向けになったまま、その冷たさに打たれ続けていた。


周囲から漂う鉄のような、ツンと鼻につく異臭。
目に入るのはどす黒い朱。
人の声ひとつしない。
雨の音だけが耳についていた。










かろうじて動く手を腹部に触れさせる。
触れたそれを見えるほどの高さまで掲げると、見えたのはいつもの肌色ではなく、果てしなく黒に近い朱。
だが、見慣れてしまっているためなのか頭は冷静なままだ。







私は、このまま死んでしまうのだろうか…







先まで行われていた自国と隣国との戦。


自国の優位。
そんな油断が自分に隙をつくってしまった。
瞬間、腹部を銃弾で貫かれる。


意識を飛ばした私は、気付けばこうして倒れていた。









馬が駆ける蹄の音も、兵士たちの叫びも聞こえないということは、きっと戦の勝負はついたのだろう。
しかし、どちらが勝ったのかなど、今の自分には知る術がなかった。



手に付いた血の量からみると、相当な出血量。
足りていないためか頭はボーっとしている。
先程、冷静でいられたのは慣れなんかではなくこれが原因かもしれない。


戦で命を落とすのなら本望だ。
後悔など全くない。
だが、心にひっかかるものがひとつあった。

























幸村は、無事だろうか…











他人の心配より、まず自分の心配をするのが当り前だろうが美雨にとって彼は命よりも大切な存在であった。



心の中で同じ名前を何度も繰り返し呼んだ。
返事など返ってくるわけがないとわかりきっていても。





死んでしまうのなら、彼の安否を知った上で死にたい。
声が、聞きたい。

お願いします神様。
最後くらい、叶えてくれてもいいでしょ…?























○●○●○


「美雨ーっ!!」




遠くで声がした。
聞き間違えるはずがなかった。
自分が、今、一番聞きたかった声。
この世で最も愛しく思う人の声。












探しに、きてくれたんだ…







それだけで嬉しかった。
同時に緊張がほどける。





彼は生きてる。





会いたい、そう思ったけれど
その願いは叶いそうになかった。















あがってきた息。
歪む視界。
今にも飛びそうな意識。








幸村が自分を見つけ出す頃、既に私はこの世に存在していないだろう。
だが、最後に彼の声を聞くことができたのだ。
神様も捨てたもんじゃない。




















「美雨ーっ!!」




遠くに声を聞きながら美雨はゆっくり目を閉じた。







そういえば、結局言えなかったな。
こうなるとわかってたなら、ちゃんと正面切って言ったのに。






「美雨ーっ!いるなら返事をしてくれっ…頼むっ、頼むから…」






一向に近づかない声。

ごめんね幸村、もう声を出す気力もないんだ。
体も言うことを聞かなくなっちゃった。
これで、終わりみたい。



















届くなら、伝えたかった。











ねえ聞いて幸村。
ずっと貴方がすきでした。
誰よりも貴方を、貴方だけを愛していました。
優しいとこも、戦馬鹿なとこも、笑った顔も、怒った顔も、全部、全部…













幸村、ねえ、幸村
もし何処かで再び出会えたのなら…







また、私に笑いかけてくれますか。









幸村、幸村…















幸村……




























「美雨っ、そんなっ…」




幸村が美雨を見つけた時、
既に彼女の体から体温は失われていた。




雨の中、仰向けのまま倒れていたためか
戦にまみれたが為についていた泥や返り血は綺麗に洗い流されている。


その表情はまるで眠っているようで。













「寂しかっただろう…?こんなところに一人きりで…もう少し、早く見つけていれば…」






幸村は優しく彼女の頬をなでた。

そして語りかけるように言った。
声は、震えている。










なぁ美雨、某、お前にずっと言っていなかったことがあるのだ。
結局、最後まで言えないとはな…












「美雨…」


















幸村がその言葉の続きを紡いだ時、美雨の頬を一粒の雫が伝っていった。







END.

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