浅き夢見し恋せよ乙女

□何度でも抱きしめるから
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生き抜いたこの戦乱の世。
国の為、民の為、己の為。
いつ命を落とそうと
それが戦の為であるならば本望だった。
一人の将と出会うまでは。










月夜に舞う桜はあまりにも儚げだった。


その木の下には影が一つ。
そこに誰がいるのかなんて
わかりきっている。


「幸村…」


自分の名を呼ぶ声の主は
隣国の将、美雨である。
その国唯一の女武将にして
男にも引けをとらないその腕前は
全国に名を馳せるほど。


手加減なく敵を斬り捨てる
残忍さと美しさを持ち合わせた
その容姿から
敵国からはW鬼姫Wと呼ばれ
恐れられていた。


そんな彼女も
今夜はその面影すら見せない。





自分を呼ぶ声は震えていた。
月に照らされたその姿は
桜のように儚げで
触れてしまえば一瞬にして
消えてしまうのではないかと
思えるほどにか細い。



自分の姿をはっきりと認めると美雨はポツリと呟いた。


「本当に、これが最後になるのかな…」




…あぁ、やはり知っているのだ。
二日後の、戦の相手を。

幸村は深く聞こうとせずに
静かに答えを返した。


「…これも定めなのでござろう」


信じたくない。
信じたくないけれど、
これが現実なのだ。


彼女と自分は敵同士。
本来ならば戦で刃を交えるだけの自国の勝利の礎に他ならない。


けれど、愛してしまった。
初めて人を好きになった。
二人、共に生きていきたい。
そう願った。
選んだのは紛れもない自分自身、
後悔など微塵もなかった。

しかし、その日は近づいてきていたのだ。
自分も彼女もそれを覚悟していたはずなのに…



「神様は、残酷だ…」



二日後の戦の相手。
それは彼女のいる隣の国。


彼女の国とは何度も刃を交えた。
そろそろだったのだろう。
大将である武田信玄はゆっくりと声を発する。


「此度の戦で、けりをつけようぞ…」


きっと彼女も似たようなことを言われたであろう。
そして、それが何を意味するか知っている。


震えて止まない美雨の身体を
幸村は優しく抱きしめた。
細くて華奢で男とは全く違う。

この身体で戦場を駆け抜けていたのだ。
今まで生き抜いてきたのだ。
辛いことだってたくさん身に刻んできたはずだ。
それなのに彼女は


「もっと別の時代に出会ってたら、こんな思い、
しなくてすんだかもしれないのに…」

「辛すぎるよ…」


自分と会えなくなってしまう
それを一番辛いと言った。

普段ならばその言葉に
喜んでも間違いはない。
けれど、今回は場合が違いすぎた。


「もう、会えないんだろうね」



出陣すれば最後。
どちらかが滅ぶまで戦が終わることはない。
自分が生き残ればそれは
相手の敗北、共に死を表す。
幸せな終わりなど
初めから存在していないのだ。


「どうして…戦わなくちゃいけないの…?」


美雨の瞳から大粒の涙が
零れ落ちる。
初めて見た彼女の泣き顔は
とても美しかった。


わかってる、知ってたんだ。
彼女の願い。彼女の想い。
富、名声、そんな自分勝手なことじゃない。
天下統一、己の野望、
そんな特別なことじゃない。
本当に好んで人を斬り捨てていたわけじゃない。


ただ幸せになりたかった。
一番に平和を望んでいたのは
誰でもない、きっと彼女自身。


それだけだったのに。
たったそれだけの願いも
望みさえも
この時代は打ち砕いてしまう。


「幸村と会えなくなるなんて、考えたく無い…」


罰が当たったんだ。
美雨は声を詰らせながらも言った。

大勢の人を殺した罰。
誰かの大切だった人を奪った罰。
今、自分にまわってきたんだ、と。


誰かの命を奪うこと。
この時代に生まれた限り、
それがサダメ。
自分が生きる為には、
そうするしか道はない。
仕方がなかったんだ。




平和な時代に生まれていれば、
彼女のこんな泣き顔を
見なくてすんだのだろうか。


この時代がもっと平和なら
自由に生きられていたはずだ。
心から笑っていられたはずだ。
二人、一緒に。




泣き止まない彼女の髪を
幸村は優しくなでた。


これが最後なんて、言わせない。



「お会いしましょうぞ。
もっと平和な時代に、また。
某、必ずやそなたを探し出すと約束致す。
だから、泣かないでくだされ…」



また、出会えばいい。


ふとよぎった考えだった。


また、出会えばいい。
出会ってまた愛すればいい。
空いた時間を、時代を
二人で埋めていけばいい。



「本当に…?」



まだ薄っすら水をはった瞳で
美雨は幸村を見上げた。



「某は嘘などついたりしない」



自信をもって言えた。
自分のなかで強い確信があったからだ。


どうしてかなんて根拠は
どこにもなかったけれど、わかる。
必ず、また会える。



「必ずお会いし、またこうしていられるように」
「うん…」



きっと探し出してみせる。
時代が変わっても、
何処に居ても、必ず。

そして、また
何度でも抱きしめるから。
だから、



だから、笑って。




頭上を舞う桜は散る速度を遅めたように思えた。



END.

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