浅き夢見し恋せよ乙女

□永遠になんてわがまま言わないから
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もっと別な出会い方があったと思う。
平和な時代、平等な身分、普通の家柄。

出会い方なんて、もっとたくさんあったのに、どうして一番残酷な出会いが選ばれてしまったのだろう。
ねえ、神様。
永遠になんてわがまま言わないから―――。








頭上に舞う桜はあまりにも儚げだった。
満開も今日で峠となり、明日にはきっと散りきっているだろう。
今夜は満月も重なり、月の光を浴び舞う桜は一層美しいものとなっていた。


月の光によって地面に表れた影。
自分のと、もうひとつ。
それが誰のものかだなんて分かりきっている。



「幸村…」



そこに立っていたのは
甲斐・武田の武将、真田幸村その人だ。
散りゆく桜を背後に、凛と立つその姿は
あまりにも美しかった。






「本当に、これが最後になるのかな…」
「…これも定めなのでござろう」



私がポツリとつぶやくと、幸村は静かに答えを返した。



いつかはこうなると覚悟していたはずなのに
気づけば全てを否定しようとしている自分がいた。












戦が始まると上司から告げられたのは
今から二日前のことだ。
相手は甲斐の虎、武田信玄率いる武田軍である。



「これで、全てを終わらせるぞ」



意気込んだ上司の言葉に美雨は息をとめた。
全てを終わらせる。
その言葉にどんな意味が込められているのか容易に理解できたからだ。
武田を滅ぼす。
それだけのことだ。



しかし今の自分には、それだけのことが難しかった。
理由は極めて簡単なものだ。
幸村を、本来敵であるはずの人間を
愛してしまっていたから。










「神様は、残酷だ…」





幸村は黙ったまま私を抱きしめてくれた。


「もっと別な時代に出会っていれば、
こんな思い、しなくてすんだかもしれないのに」



初めて愛した人。
この人と共に生きていきたい。
何度もそう願った、けれど
そんなささやかな願いさえも
この乱世の世では許されることはない。

刃を向ける運命で終わってしまうなんて。



「辛すぎるよ…」



こう恋人として会えるのも今夜で最後。
二日後には戦場で、敵として向かい合わなければならない。






「もう、二度と会えないんだろうね…」



涙が止まらなかった。
戦が終わる、それは同時にどちらかの死を意味する。
戦に出れば最後、二度と顔を合わせることもなくなってしまうのだ。




「どうして、戦わなくちゃならないの…?」


ただ幸せになりたかっただけなのに、
平和を望んだだけなのに。


初めは全ての国で共通していたその願い。
いつの日からかバラバラになっていた。

富、名声、天下、野望。
全ては自分の為に。

そんな時代に私たちは出会ってしまったのだ。



「幸村と会えなくなるなんて、考えたくない」



幸村は、自分から抱きついたまま
離れない私の髪を優しく撫でて言った。


「…御会いしましょうぞ。
もっと平和な時代に、また。
某、必ずやそなたを探し出すと約束致す。
だから、泣かないでくだされ…」




顔をあげると、そこにはいつもの笑顔があった。
迷いのない、大好きなその顔で彼は笑う。



「本当に…?」
「某は、嘘などついたりしない」


まっすぐなその瞳には
偽りのカケラなど全くなかった。



「必ず見つけ出し、再びこうしていられるように…」
「必ず…」


また会えるから。





頭上の桜が散る速度を遅めたように思えたのは気のせいだろうか。

その下で
しばしの別れ。
そう願うように私たちは抱きしめ合っていた。




ねえ、神様。
永遠になんてわがまま言わないから、





せめて今だけはこのままで―――。



END.

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