ネタ
□ムーミン夢
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日が少し昇り始めた頃、ムーミンが自分の家から飛び出し、野原の上を急いで走っていたところをたまたま朝早く起きて、テントの近くの川で顔を洗っていたスナフキンは見かけた。
急いでいる様子からして何かあったのではないかと呼び止めて話を聞こうとしたが、今はそんなゆっくりしている場合ではないと一緒に走りながら訳を聞くことにした。
不思議な夢を見たんだ、と。
何も見えない暗闇の中で誰だか知らない女の子の泣いている声がして、怪我をしている子がいるから助けて欲しい、と。
「場所は?」
「波の音が聴こえたんだ!きっと、海の近くの洞窟だよ!」
スナフキンは正直あまりその夢の話しを信じていなかったが、親友であるムーミンがこんなにも血相を抱えているのを見て放ってはおけなかった。
「死んでなかったらいいけど………。」
ムーミンにとってそれはただの夢ではないような気がしていた。
洞窟は潮風を吸い込んで、ゴゥゴゥと音を反響させていた。
奥へ奥へと暗闇に潮風を吸い込んでいく。
「昨日、此処で皆と遊んだけど、何もなかったけどなぁ。」
ムーミンとスナフキンは洞窟の中へ入って行った。
風が2人を急かすように吹いている。
(待ってて、今行くから。)
慎重になりながら少し足を早めた。
「かなり奧だな……。」
入り口から段々と遠ざかっていくが、何かがいるという気配は全く感じない。
「!?、スナフキン!あれ!」
突然、ムーミンが何かを見つけたようで、大きな声を出して駆け出した。
スナフキンもムーミンを追いかけていくと、そこには一冊の本が落ちていた。
「何の本だろ……」
本の表紙に書いてあるタイトルの字が読めなかった。
適当に開いてみると、横書きの長ったらしい文章に、グラフのような図と生々しいピンクの物体に赤と青の線が枝のように這っている変なモノの写真が載っていた。
「うへぇ、気持ち悪い本だな。」
ムーミンは今まで見た事もないグロテスクなものに顔を渋らせて、本を少し閉じた。
「きっと、これは医学の本だね。今見た図は僕らの身体の中にある臓器だよ。」
「こんな気持ち悪いものが僕らの身体の中にあるの?」
「僕も医学に関して詳しいことはよく分からないけど、臓器は僕達にとって生きていくのに必要なものなんだぜ?お腹が空くのだって、夜になったら眠るのだって、何かを考えたり覚えたり思い出したりするのだって全部臓器のおかげさ。」
「ふうん。スナフキンはこの本に書いてある字が読める?」
「残念だけど、僕は初めてその字を見るよ。ムーミンパパやスノークだったら分かるかもしれないな。」
とりあえず、ムーミンはその気持ち悪いものが載っている本を持っていることにした。
他にも何かないか周りを見てみると、今度は見たことのない花が落ちていた。
小さくて青と紫色のグラデーションが綺麗な花だった。
根っこの所が水で濡れていて少し腐っている。
何の花だろう?とムーミンが考えていると、スナフキンはムーミンの肩を叩いて真っ直ぐ指を指した。
「ムーミン、あれ……。」
なにやら奥の方から微かにカラカラと軽い音が聴こえてくる。
音のする方へ行ってみると、細い道から広くて天井が高い空間に出た。
ムーミンが抱えているような似たような大量の何冊もの本と何本かの花があちこち散らばっていて、近くには自転車がひっくり返っていた。
自転車のペダルが風に吹かれてクルクル周りながら、カラカラ音を立てている。さっき聴いた音はこれのことだった。
-ドサッ
ムーミンの腕から本が抜け落ちた。
散らばっている本とひっくり返っている自転車の他に誰かが倒れていた。
「おい!?君!!」
ムーミンとスナフキンは倒れている人の処へ駆け寄った。
その人は女の人だった。
長さがどれも短かったり長かったりのバラバラな黒髪に、埃や土を被った白のブラウスの上から青いワンピースの制服を着ていた。
うつ伏せで顔が見えず、仰向けにひっくり返すと片目と片頬が赤黒く腫れていた。
「ひっ!?」
頭からも腕からも足からもあちこちから血が流れていて傷だらけだった。
「どうしよう、スナフキン!」
こんな酷い怪我を滅多に見たことないムーミンはあまりの惨状に狼狽えた。
スナフキンは女の人の片腕をとって、手首に自分の指をあてた。
「……大丈夫、脈が動いているからまだ生きてる。気を失っているだけだ。ただ、こんなに血を流してると死んでしまうかもしれない。」
スナフキンは自分の首に巻いていた黄色いスカーフを、一番多く血が出ている右肩に強く巻いた。
「急いでムーミン家に行って手当てしなきゃ。」
2人は女の人の両脇に立って肩を担いで行こうとしたが、
「……お、重い……!?」
2人は女の人の重さに起き上がれず、倒れてしまった。
「どうしよう!?」
「僕ら子供2人の力じゃ運べないな。ムーミンは此処でこの子を見ていて、僕は誰か大人の人を呼んでくるから。」
「わかった!」
ムーミンが頷くと、スナフキンは走って行ってしまった。
「夢で君を助けて欲しいって言われて来たんだ!今スナフキンが大人を呼びに行っているから絶対に大丈夫だよ!」
ぐったりしている女の人の耳元でムーミンは必死に呼びかける。
さっき巻いたばかりのスナフキンの黄色いスカーフが既に赤く染まっていた。
「ッ、絶対に君を助けるから………!」
土だらけの手を握ると、とても冷えててカサカサしていた。
血はまだ流れている。
止まる感じが全くしない。
顔色がさっきより悪くなったような気がする。
今この場で大人を待つことしか出来ない、自分は何もしてあげられないことに、ムーミンは段々と不安になってきた。
間に合わなかったらどうしよう?
死んでしまったらどうしよう?
折角、僕らが気付いて助けに来てあげたのに………
何もしてあげられない。
(お願い、神様!この人を助けて!)
-ジャリッ…
☆彡
「!?、誰!?」
誰かが砂利を踏んだ音が聴こえた。
(……スナフキン?)
いや、違う。
入り口とは反対に奥の方から聴こえて来た。
チラリと一瞬、人型の黒い影が大きな岩の裏へ動いていった。
「すぐ、戻ってくるから。」
死んじゃ駄目だよ、とゆっくり握っていた手を離して黒い影を追いかけた。
岩の裏を覗くと、小さな虫以外何もなかった。
-タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!
「!」
奧へと走って行く音がして、ムーミンはそれを追いかけた。
まだ黒い影の相手が走って行く音が洞窟に響いている。
「待って!君は誰!?」
どんなに叫んでも音が止むことはなかった。
何とかして正体を突き止めようと走り続けた。
もっと奧へ、
奧へ、奧へ、奧へ!
遂に前から光が見えて、手を伸ばしたが何も掴むことが出来なかった。
誰も何もいない。
青い海と青い空の外の世界だけが目に映るだけだった。