皇族の騎士

□騎士と約束 B
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それから、騒動はすぐに決着がついた。
逆賊は案外簡単に情報を吐いた。
まぁ、それもこれも本気のアスナの剣幕に負けたことに他ならないのだが。
あっさりと吐かれた情報をもとに本国に残しておいた部隊で他の協力者をとらえる。
この事態に4つの離宮が閉鎖されることになったのは本国でも大事件となっているらしい。




(まぁ、元々あってないような離宮だしな)




比較的、皇子皇女として機能しているのは限られている。
宰相シュナイゼルは言うまでもなく、
軍部を任されている第2皇女コーネリア、
芸術・娯楽に長ける第3皇子クロヴィス、
まだ若いが、ルルーシュだって政治・軍事事に長けているし、
ユーフェミアだって福祉・教育に関心を示している。
それ以外の皇子皇女なんて、滅多に離宮から出てこない。
アスナだって公のことがない限り、会うこともない人たちだ。










「考え事かい?アスナ」
「……シュナイゼル殿下、いつお戻りに?」
「今、だよ。君が誰か入ってくるのに気付かないなんてよっぽどだね?」










クスリ、とシュナイゼルは微笑む。
―――あぁ、何人の女性をその笑みで落としてきたんだか。
アスナは呆れたようにため息をついた。
27という年頃であるのにも、関わらず浮ついた噂一つないというのも問題なんじゃないだろうか。
スキャンダルは困るが、そろそろ色々考えてほしいものだ。
皇族としての義務を。

じ、とそのアメジストの瞳でアスナを見つめていた。













「何か、ついてますか」
「いや?ただ、変わらないなと思って」
「はい?」
「真剣に考え事をしていると、指で髪の毛をいじる癖治ってないね?」
「…………っ」














癖を指摘されるとは。
アスナはぐっと指を止めた。
その指には自分の赤い髪が絡みついている。
アスナは目をそらす。






「まぁ、考え事があるとするなら、貴方達皇族のことですよ」






するりと髪が指をすり抜ける。

変わらない、本当に何一つ。
――――だが、この距離は何なのだろうか。











「ホント、あなた方は揃いも揃って…皇族専任騎士をなんだと思ってるんですか」












目の前にいるのに。

シュナイゼルはふと赤い髪に手を伸ばした。
伸ばしっきりの赤い髪はあの頃よりもずっと伸びていた。
燃えているような色をしているのに、触る髪はむしろひんやりとしていて。
といっても、手袋越しではあまり伝わってこないのだが。
目の前でアスナが固まっていた。









「あぁ…君のことをなんだと思ってるんだ、という話だったね?」
「あ、え…は、い…」

「私たちにとって、君は家族以上だよ。
兄弟であり、友であり、理解者であり、私たちを厳しくいさめてくれるただ一人だけの」










――――そして、私にとっては何者にも代えがたい妻。

アスナは固まった。
(なんて、誇らしい言葉か)
皇族からここまで言われることなど、本来滅多にないことだろう。
確かに血が繋がり、古い関係であったとしてもこんな言葉は、どれだけ奇跡に近いか。
身に余るような言葉だ。











「…ありがとう、ございます、殿下」
「殿下、か。もう夫婦になって長い気がするのは私だけかな?」
「…戸籍上は2年かと」












シュナイゼルの手がアスナの髪から離れて行った。
そして、ソファに深く腰掛ける。
アスナは「お茶、入れてきますか」と言って立ち上がった。
ドアまで行って、アスナはふと立ち止まった。










「……殿下は、殿下、ですよ」











一言言い残して、アスナは部屋から出て行ってしまった。



(うまい具合に、逃げられたかな…)








もう、こんなやり取りを続けてはいられない。



















――――出立1時間前、

アスナはすべての準備を終えると、天子の元へ訪れていた。
あいさつにやってきたシュナイゼルに同行する形なのだが。
アスナが部屋に入ってくると天子が目を輝かせていた。
シュナイゼルと2、3言交わすと、シュナイゼルが気を利かせるようにアスナを前に出した。










「麗華様、本当に今回のことはお心を痛められたことでしょう」
「いえ…アスナがいてくれたから乗り越えることができました」












年相応の愛らしい笑みを浮かべて、天子は頭を下げた。
最初会った時とは比べ物にならないくらい表情がよくなった。
アスナはふっと笑顔を浮かべた。






「貴女はこれからもたくさんの苦難を背負うことでしょう。
辛いことも、苦しいことも…たくさん。
でも、貴女は一人ではありません。あなたを支えてくれるたくさんの人のことを忘れないでくださいね」






アスナの言葉は誰よりも真剣で。
それでいて、優しさと厳しさを持っていて。
誰よりも、麗華を思うが故の言葉だった。
その表情は誰よりもやさしかった。









「ご協力、感謝する」










アスナは立ち上がると星刻と握手を交わす。
互いの利害はある意味一致していた関係だった。
もちろん、アスナが一方的に知っていた形だった。






「こちらこそ、貴殿の計略には感服する」
「いや。俺は忠を誓った人間としては失格の作戦を立てた。
自分の主人を囮に使う、なんてね」






自虐的に笑った。
星刻はそんなアスナにある意味敬服していた。
冷静沈着。
物事に決して流されることなく、自分の仕事を貫徹する。
まさしくこれが騎士に必要な覚悟なのか。









「それでは、またお会いしよう」








シュナイゼルがにこやかに言って、踵を返す。
最後に天子ににこりと笑いかけて、アスナはその背を追いかける。

昔は隣を歩いていたような気がする。

背を見つめながら、思った。
昔は隣にシュナイゼルがいて、いつでもその横顔を見ていた気がする。
――――時間とは、恐ろしい。
せめて、天子と星刻にはそういった思いをせずに過ごしてほしい。
時間の流れにその関係性が、悪く変わってしまわないように。











――――Clown護送艦ルシフェル。

皇族たちは自らの仕事を終えて、ゆったりとラウンジでくつろいでいた。
オデュッセウスとシュナイゼル、コーネリアはワインを飲んでいるし、
子供たちもそれぞれ何か遊んでいた。
騎士たちも役割を終えて、少し気が抜けているのかゆったりとした時間を過ごしている。







(……報告書、あげなくちゃな)






その中で一人だけ、アスナはパソコンの前に向いていた。
今回のことを早々に報告書にまとめているのだ。
色々な事態も起こった上に、離宮を一つ取り潰している。
それを考えれば、報告書は早いほうがいいだろう。

―――陛下が目を通すかは別にして。

スザクはそれを遠巻きに見て、「はぁ…」と感嘆のため息をこぼす。









「ルルーシュ、アスナさんって休まないの?」
「何だ…藪から棒に」
「だって、あの人が仕事をしていない時を見たことがなくて」








ルルーシュもチェス盤から顔をあげて、アスナを見る。
物心つくころにはアスナはもう騎士となっていて、毎日仕事と学業に明け暮れていた。
ある意味この姿が当たり前となっていたが。
体を休めているところ、なんてここ最近はまともに見たことがないかもしれない。
というより、そもそも休暇が存在しているのかが謎だ。









「まぁ、姉さんは365日働いてるかなぁ。
ほとんどがシュナ兄の護衛だから、休暇っちゃぁ、休暇なのかなぁ」








アスナはその時間の大半を宰相府で過ごしている。
宰相府は警備もしっかりとしており、
本来なら個人的な護衛が必要ないため、比較的ゆったりと時間を過ごせる。
ある意味、そこがアスナの休暇場所ということになる。







「じゃぁ、シュナイゼル殿下がアスナさんを呼ぶのは休暇を取らせるため?」
「んー…正攻法じゃ姉さんは休み取らないからね、シュナ兄も色々考えてるんだよ」







まぁ、
一番は自分の傍に置いておきたいだけなんだろうけれど。

スイは言葉を飲み込んだ。
あの男ほど、恐ろしいものはないし。
アスナが騎士でなければいいと、思いつつもアスナが騎士であることを利用しているのは何を隠そうシュナイゼルだ。









(歪な、関係だよなぁ)









従兄弟で、
幼馴染で、
婚約者で、
夫婦で、
皇族と騎士で、

二人を表現する関係が多すぎて、
どれが二人の間の本当の関係なのか分からなくなりそうだ。
二人の微妙な距離はここからも来ているんじゃないか。







(ま、そんな関係に痺れを切らしてるみたいだけどね?
シュナ兄も、ボクも、周りも、さ)







キーボードをたたく姉の背に、ふっと微笑む。
そして、懐からボタンを取り出した。
にやりと笑みを浮かべると、迷いもなくそのボタンを押した。
すると艦内放送が入り、独特のチャイム音が鳴った。

何事か、と全員が顔を上げる。










『アスナには好きな人はいるのですか?』









聞こえてきたのは、天子の可憐な声。
それを聞いた瞬間に、アスナの顔色が変わった。
これまで涼しい顔をしてパソコンに向かっていた顔も、
顔面蒼白、いやむしろ真っ赤にして、椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。









『じゃぁ、これは麗華様と俺だけの内緒ですよ?』

「誰だ!!?つーか、録音した奴が誰だっ!!」








顔真っ赤な姉も中々かわいらしいものだ。
スイはそう思いながらも、ルルーシュの後ろでくつくつと笑っていた。










『誰なのですか?』
『ふふ、それはですね。
―――――シュナイゼル、殿下です』










叫びたい。
本当に叫びたい。

アスナの顔がこれまでないほどに真っ赤に染まり、わなわなと震えた。
爆弾投下。









「……っっっっっ!!!!」
「へぇ、これはいいことを聞いたね」









面白そうに微笑むシュナイゼルにアスナは動きを止めた。
「くるかい?」と腕を広げるシュナイゼル。
その余裕そうな表情と言ったら。








「こ、これはっ、ただ、天子様との会話であって、戯言、というか。なんと、いうか…!!」
「君は戯言で、好き嫌いを言えるのかい?」
「第一!この好きな人、というのはそういう意味は一切入っていないです!!」
「そういう、意味とは?」
「いや、あの、だから、れ、恋愛的意味です」
「ほう?私は何も恋愛的な意味で、いいことを聞いたとか、言ったわけではなかったんだけどね?」








シュナイゼルのその言葉を聞いて、アスナはわなわなと体を震わせた。
真っ赤なその顔はこれまで見せたこともない。







「お、俺は!!ルシフェルのこ、航路、確認して、来ます!!!」







アスナは真っ赤な顔をそのままに、ラウンジを出てしまった。
その足の速さと言ったら。
シュナイゼルはクスリ、と笑って「逃げられてしまったね」とソファに深く腰掛けた。







「あっれー?冷静だね」







スイがボタンをちらつかせて、言った。
まだ、続きがある。
二人のやり取りが面白くて、一旦止めたがもう一度再開する。













『シュナイゼル殿下、ですか?』
『はい。シュナイゼル殿下です』
『ご夫婦、なんですよね』
『そうですね、といっても政略結婚です』
『え?』
『俺は殿下の騎士としていられれば良かったんですけどね、父と叔父…皇帝陛下が結婚を決めましたから』

『………』
『実は、俺と殿下は幼馴染で。小さいころからずっとそばにいたんです』
『…』
『おそらく、一目惚れだったと思います』

『金糸の髪に、アメジストの瞳、穏やかな笑み、やさしい声音、
殿下を知れば、知るほどに俺は殿下を好きになっていきました』










そういうアスナの表情がひどく穏やかなもののように思えて。
いや、そうであってほしいと思う自分がいる。














『これはもう、好き、なんじゃなくて。
"愛してる"んです。

だから…この想いは叶わなくたって、俺は幸せなんですよ』






――――傍にいられるだけで













「あっれー…?シュナ兄でもそんな表情できるんだね?」
「大人をからかうものではないよ、スイ」







手で口元を覆ったシュナイゼル。
その頬は朱に染まり、表情はいつになく切羽詰まったものだ。










(……アスナ)













「アスナ君、どうしたんだい、その表情。
青い顔なの?それとも、真っ赤なの?」








突然管制室に入り込んできたアスナはドアにもたれかかりずるずると座り込んだ。
その表情は泣き出しそうだ。









「な、な、ん…で、も、ない…っ」









天子様との会話は、
ある意味、零れ出たような言葉だった。
シュナイゼルへの想い。
消え失せることのない確かな思いは、ずっと心に秘めてきた。
しかし、ただ純粋な天子様を見ていて、一途なあの人を見ていて、零れ落ちてきた。














好きと、愛は違う。

恋なら叶えたいと思うし、その人とも思うだろう。

しかし、愛は違う。
愛している人が幸せなら、自分がその隣にいられなくても、
この想いが通じなくたって、それは構わない。
愛するということは、その人の幸せを望むということなのだから。














(願うのは)







(想う人の幸せだというのに)
















どうして、心はこんなに正直に、
あの人を望んでいるんだろうか。


















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