太陽の覇帝

□慢心など、捨てろ
1ページ/3ページ














アスナはもう寝ようと思って自分の足元にすり寄ってくる白い猫の頭を撫でた。
真っ白な毛並みに真っ赤な瞳のその猫は甘ったるい声で鳴き、
ベッドに座ったアスナの膝の上に飛び乗ってきて、窓を見た。







「こんばんは、起きてますか?」
「ん?テツ、起きてるよー?」






カララ…と窓が開いて、入ってきたのは黒子だった。
もう寝るはずだったのだろう、寝間着姿の黒子はアスナの部屋に入ってきた。
窓でつながっているような互いの距離だ。
こうやって互いの部屋を行き来するのはいつものことだ。
アスナは何ら気にすることなく、「どうした?」と首をかしげた。







「一緒に寝ましょう」







そういって、微笑んだ。
アスナはそんな黒子を見て、目をぱちくりさせた。
数回それを繰り返すと、ふっと笑って、ベッドへ歩いて行った。
そして、ベッドの布団をめくっていそいそと布団に入った。









「おいで、テツ」















第6Q 慢心など、捨てろ















海常戦を終えて、翌日。
何とも脱力感のヒドイ月曜日となった。
2-Cの教室で、アスナは教科書を目で追いながらフゥとため息をついた。
隣では日向が大きな欠伸をしたのが目に入った。
まぁ、それもそうだろう。
海常戦、正直なところが限界ぎりぎりの所で戦った。
キセキの世代という存在の大きさを思い知らされる羽目になった。





(勝ったとはいえ…一試合でこの調子なら正直これからが危ないよなぁ)






これからのキセキの世代は正直、尋常じゃないほど強い。
中学時代を思い返して、アスナはふぅとため息をついた。
ノートの下の書類を眺めた。
携帯がチカチカと光ったのがわかった。

(…涼太じゃん。
つーか、アイツも授業中じゃないのか…?)

アスナは顔をしかめながら、ちらりと教師を伺った。
ちょうど黒板に向かったばかり。
こちらを振り返るのはもう少しだけ後だろう。
アスナはそう思って机の中で携帯を開いた。






(……涼太)






-----
件名 昨日の…
本文
試合、お疲れ様っス!
最後に一緒にプレイできてとっても楽しかったスよ!
アスナっちの言ってること、
まだ完全に理解できないんスけど…
ちょっとずつ頑張っていこうと思うス!

たまに遊びに行くんで…
そん時はよろしくッス!


P.S
黒い髪、やっぱり似合わないと思うんス。
だから……
もし、アスナっちの気が向いたら、
元の色に戻してくださいスね
-----






アスナはメールを見て、目を細めた。
かわいい、後輩だな。
そう思って携帯を閉じる。
やっぱり変わっていないと思えるくらい関係は変わってない。
アスナはふふっ、と微笑んでシャーペンをノートに走らせた。








(あ…そういや、今日"アレ"じゃん…
間違ってお弁当つくって来ちゃった…)








目の前でリコが携帯をカチカチやっているのが見えた。
恐らく1年生たちに連絡しているはず。
ということは、
アスナはちょっとだけ楽しそうに目を細めた。












お昼休み、
2年生校舎連絡通路。
2年生全員と、1年生全員が揃った。
するとリコが笑顔で言った。






「ちょっとパン買ってきて♡」






すると1年生たちが「は?パン?」と首をかしげた。
アスナは苦笑した。
まぁ、そうだろうな、と。
いきなり言われたら、ただのパシリだ。
アスナはリコを補足するように口を開いた。





「実はな、誠凛の売店で毎月27日だけ、数量限定で特別なパンが販売されるんだ。
それを食べると恋愛でも部活でも必勝が約束されるって噂の幻のパン、
イベリコ豚カツサンドパン三大珍味キャビア・フォアグラ・トリュフのせ2800円!」
「高っけぇ!!…しやりすぎて逆に品がねぇ!!」






1年生のリアクションはまぁ、分かる。
ちょっとやりすぎな気はアスナもしている。
しかし、これがまた人気なのだ。
アスナの横から日向が笑った。







「海常にも勝ったし、練習も好調。
ついでに幻のパンもゲットして弾みをつけるぞ!ってワケだ!」

「けど狙ってるのは私達だけじゃないわ。
いつもより"ちょっとだけ"混むのよ…」

「「……………」」







日向とアスナは顔をこわばらせた。
「ちょっと?」と首をかしげるアスナ。





「パン買ってくるだけだろ?チョロいじゃんですよ」

「アスナ、食べたいですか?」
「うん、結構おいしいんだよね……」
「じゃ、頑張ってきます」
「ありがと、テツ」




黒子がアスナの手を握った。
どうやら、連れて行く気満々のようだが、
伊月が「ほい!」といいながら、火神に封筒を渡した。







「金はもちろん2年生<オレラ>が出す。
ついでにみんなの昼メシも買ってきて。
ただし失敗したら…
釣りはいらねーよ、今後筋トレとフットワークが3倍になるだけだ」

(コエー!!)
(え!?お昼の買い出し勝負所<クラッチタイム>!?)






怖い方の日向。
海常戦で初めて見た1年生たちにとっては恐怖が根付いているようだ。
アスナはため息をついてそれを見た。


「ホラ、早くいかないとなくなっちゃうぞ。
大丈夫、去年オレらも買えたし」
「伊月センパイ…」
「パン買うだけ…パン…
パンダのエサはパンだ!」
「ぷっ」
「行ってきます」


アスナは黒子に引きずられるまま行ってしまった。
リコはそれを見て「アララ…」と苦笑する。
日向はそれを眺めた後、リコへ視線ずらして苦虫をかみつぶしたような表情をした。








「…ったく、何がちょっとだよ」
「えー?
これから毎年1年生の恒例行事にするわよ♪」
「マジか…」












「つーか、アスナここにいていいのかよ」





火神が廊下を歩きながら、
黒子と手をつないだままのアスナを見て言った。
そうは見えないとしてもアスナは一応先輩だ。
待っているべき立場なのでは?と思う。




「んー、テツが手を放してくれないから」
「いいじゃないですか…
昼休みまで一切会ってないんですから」




これくらい一緒にいたいです。
黒子がそういってアスナの手を強く握りしめた。
細い白い手は薄い手袋で覆われていた。
学ランの上に今回はさらにパーカーも着てきていた。
「お、購買見えてきたな」とアスナがいうと、いつもよりもにぎやかな購買が見えた。




「やっぱいつもより人多いみてーだな」




購買のゾーンに入って全員が絶句した。
アスナも「懐かしいなー」とぼんやりと眺める。
ついてきただけで、手伝う気はないし。










「ほとんど全校生徒いねぇ!?」











火神の言うとおり。
殆ど全校生徒が集まって、幻のパンを狙っているのだ。
アスナは購買近くの自販機でお茶を買う。
「頑張れー」と無気力な応援をする。
全校生徒が集まっているその購買の前は幻のパンの名前を叫び、
互いを押しのけあって、そのパンを手に入れようとする有象無象の衆。




「いや、滑稽滑稽」
「アスナ…素の性格出そうですけど」
「おっと失礼」




パックにストローをさした、吸った。
カオスと化している購買を見て1年生たちは意気消沈している。





「とにかく行くしかねー、筋トレフットワーク3倍は…死ぬ!!」





すると福田が一歩前に出た。




「よし…まずオレが行く…
火神程じゃねーが、パワーには自信があるぜ…」




そういってカオスと(以下略)に突っ込んでいく福田。
しかし、生半可な人の並ではない。
簡単にはねのけられてしまった。
アスナはそれを眺めて「おー」と感心したようにつぶやいた。








「つーか、生半可なパワーじゃいけねーよ?」







アスナはついにはアイスも買っていた。
シャリと、ゴリゴリ君を一口頬張って唇をなめた。






「よく見てごらん?
ラグビー部のフォワード、アメフトのライン組、すもうにウエイトリフティング。
通常に考えて、体格が違いすぎてパワーで当たっていくのは無謀だと思うけどな」





シャリシャリとアイスを食べて、
アスナはつぶやくように言った。
「まぁ頑張ってー」という。
真っ黒いフードをかぶって、日光から逃れるように影のベンチへ座る。

火神はその言葉を聞いて笑った。








「おもしれえ…やってやろーじゃん」
「火神!」








「おおお!!!」と雄叫びを上げながら突っ込んでいく火神。
何とか中に入っていけたものの、
どれだけ粘っても、大量に人に押しのけられて再び元の場所に戻されてしまった。



(これが日本の混雑<ラッシュ>…!!)



目を見開いて、集団を見る。
確かにアスナの言った通りの奴らも来ているが大部分は普通の生徒。
火神に圧倒的に体格が劣る奴らばかりだ。
しかし、それも束となれば相当な勢いを持つということか。








「やっぱ全員で行くしかねぇ!!」
「誠凛ーファイ!!」
「オオ!!」








全員で突っ込んでいく。
それをしり目に黒子はふぅとため息をついた。
アスナはと言えば、
どことなく興味なさそうにぼんやりとその情景を眺めている。

「アスナ」と声をかければ、
ふっと反応して、笑ってくれる。
黒子もそんなアスナを見て、あの集団の中へと向かっていった。

火神や他の1年生たちは、
大量の人たちに何度も何度も押しのけられてしまう。
もはや人が多すぎてカオスだ。
もみくちゃにされても、何度も何度も食らいついていく。
しかし、そのたびに入り口に戻される。
その繰り返しに人が集団になった時の恐ろしさを感じていた。








「あの…」







聞こえてきた声に、振り返った。








「買えましたけど……」








黒子の手には幻のパン。
アスナは溶けかかったアイスを全部口に入れてそれを見た。
「あ、えらいテツ」と言って、頭を撫でる。
絶句していた1年生たちが、
その様子を見てはっとなり、火神は黒子の襟ぐりをつかんだ。





「なっ…オマ…どうやって!?」
「人ごみに流されてたら、先頭に出ちゃったんで、パンとって、お金おいてきました」





要するに認識されていなかったのだ。
黒子は「はい」と火神の手にパンを置く。
全員が完全に脱力した。
―――自分たちの頑張りは…?と首をかしげたくもなる。
黒子はぼろぼろになり、脱力した同級生たちを見て「どうしたんですか?」と聞いた。
彼らは「なんでもねーよ…」と疲れ切った様子でいい、
「さすが幻の6人目はちげーな…」と乾いた笑みを浮かべた。







「よくできたな、テツ」
「…ご褒美、ください」
「ん?」
「チューでいいですよ」
「……ここで?」
「はい」






黒子は大まじめだ。
アスナは面を食らったように目を見開いて、んーと一瞬悩んだようにしながらも、
やっぱりちゃんと買ってきた黒子にご褒美を上げるべきだと考えたのか、
「テツ、目閉じて」と言った。
黒子はそんなアスナを見て、腕を広げて笑顔で「はい」と言った。


―――ちゅっ。


軽いリップ音が聞こえ、
黒子の頬からアスナの唇が離れた。







「よーし、買ったからリコたちんとこ戻るぞー」







アスナはそういって黒子から顔をそらした。
「はーい」と1年生たちが声を出して、よろよろとアスナの後ろをついていく。
黒子はそんなアスナの背中を見て、微笑んだ。









(…普通は口じゃないですか?アスナ)








2年生たちは屋上で待っていた。
「買ってきました…」というと、「おつかれーありがとっ」とジュースを見せて言った。
アスナはついでに教室によってお弁当を取ってきた。




「こ…これ…例の…」
「あーいーよ。買ってきたオマエらで食べな」
「え?いいんですか!?」
「いいって、遠慮するなよ」



アスナはそんな1年生たちを眺めた。
そして、お重のお弁当を開いた。
食べて幸せそうにする黒子を眺めて、ふわっと笑った。

















次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ