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□出立
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「今日はあったかいね」
「んーそうだなぁ」

お茶をすすりながら他愛ない会話が続く。
天候の事だったり、学校での出来事だったり、話題を切り出すのは楓の方だったが、どこか取り留めのない話に虎徹もぼんやりと付き合っていた。

「こうしていると、あの事件がまるで夢だったみたい」
「……アレか」

二人が共に思い浮かべたのは、虎徹がヒーローとして戦った最後の事件
――マーベリックが策略した一連の事件だった。

元々能力減退という契機はあったのだが、色々と踏ん切りがつかなかった中で起きたこの事件は、虎徹と相棒のバーナビーは勿論、他のヒーロー仲間やHERO TV、シュテルンビルトメディア全体を巻き込む物だった。
楓も当事者の一人であり、バーナビーの良き理解者だったサマンサは事件の渦中マーベリックの毒牙に懸かり命を落とした。

「敵は討てたが……結局救えなかったな」
「……」
「今の俺に残ってんのは、たった一分ぽっちの能力だ」
「……」
「まぁ、だからこうやって楓の側にいられるんだけどな」
「……」

特に誰に言うでもない虎徹の呟きを隣で黙って聞いていた楓だったが、眉間をキュッと閉めると、どこに隠し持っていたのかラッピングされたビニール袋を虎徹に押し付けた。

「開けてみて」

それだけ言うと真摯な眼差しで自分を見据える楓の様子に、虎徹は黙って袋を開け中の物を取り出した。
出てきたのは見覚えのあるフォルム。風を切る鋭い毛並みに咆哮が聞こえそうな虎の横顔がモチーフのショコラクッキーだった。

「お父さん、家に帰ってきてからもずっと内緒でトレーニングしてたでしょ」
「うぇっ!?なんでそれを……」
「それだけじゃないよ。HERO TV見てる時もそわそわしっぱなしで、いつも最後は立ち上がっちゃってるし」
「ハハ……」
「外でサイレンの音が鳴ったらすぐ駆け出していこうとしたり」
「……」
「だから、もう行っちゃいなよ。シュテルンビルトに」
「楓……」
「お父さんは一分ぽっちって言ったけど……守りたい気持ちに時間は関係ないよ」
「……」
「その一分でできる事をやればいいじゃない」
「……でも俺はお前のヒーローになるって」
「あのねぇ……大体、今まで放っておいて今更私のヒーローだなんて、十年遅い!!」
「うっ」
「それに私のヒーローならバーナビーがいるんだから、お父さんの出る幕なんてとっくに無いし。あ、それで思い出した!はい、コレ!」

楓は遮る間もなく言葉を畳み掛けると、もう一つラッピングされた箱を虎徹に渡した。さっきの物よりも一回り大きく、その包装は二倍きらびやかだった。

「言っとくけどコレはバーナビー用だからね。向こうで会ったら渡して、お願い!」
「バニー用って、アイツの誕生日は10月だから随分先だぞ」
「何言ってんの?バレンタインチョコだよ。お父さんにもあげたじゃない」
「バレン…タイン」

娘から思わぬ単語が飛び出し、両手にあるシンプルな袋とゴージャスな袋を見比べると、虎徹はなんとも複雑な表情を浮かべた。

「さ、それ食べたらちゃっちゃと出発の準備をする!事件は待っちゃくれないんだからね、ワイルドタイガー!」

活をいれたつもりか楓が虎徹の背中をバン、バンと叩いた。その物言いに虎徹は亡き妻、友恵の面影を見た気がした。

「お父さん」
「ん?」
「……HERO TV楽しみにしてるから!」
「……分かった。じゃ、ちょっと行ってくるな、楓」
「うん。いってらっしゃい」



暖かい風が楓の髪を揺らし、虎徹をすり抜けていった。
冬の終わりはもうすぐそこなのだろう。




END



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