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寡黙と憂鬱に咲く[7]


11.
図書館で雑談は禁じられていて、椅子をひく音ですら恐ろしく響いてしまう。
シフトの変更が出来ないかと言われて無理だと断ってきた、と、嘘をひとつついた後は、
土方の隣でレポート用紙を一枚破る。
基本的に出席してさえいれば単位がもらえる講義を選んでいたが、さすがに語学の講義
だとそうはいかない。

「“彼女がその時笑ったのはなぜだろう。僕は40になって初めて気がついた”直訳すぎか?」
「“彼女の笑顔の理由。僕は40という年になるまで気付けなかったのだ”」
「まるで詩人じゃねえか、お前」

ほとんど吐息のような声で和訳を確認し合い、少し恰好つけた文章を述べてやると土方が笑う。
自分もふざけて言ったつもりだ。こんな言葉を真顔で言えるようなロマンティストではない。
言葉の温度と、心の温度は別物だ。そして常に、後者は前者をうんと下回っている。

「帰り、飯でも食ってく?」

同じ大学の友人という立場を利用して、出来るだけ高杉とは長くいたいようだった。
食欲よりも、性欲。
こんなに身近な友人まで性玩具扱いしている自分は、ろくな死に方をしないような気がする。

「直で帰るわ」
「そうか」

土方は苦笑していた。自分を全く見ようとしない想い人を前にして、自嘲しているようだ。
電子辞書を片手に、30分ほどで課題を終わらせる。
二つの回答は、随分似通っていた。

見上げれば灰色がかってきた空を、夜の営みの合図とした。
いつもの駅前の信号の点滅を眺める。
早く抱かれたい。ただそれだけだった。
風が少し強かったから、長めの前髪が目を鞭打ってくる。
二本の指で視界の阻みをそっと退け、人ゴミに目を凝らすのだ。

直後、背後から何者かに肩を叩かれる。
さすがに驚いて即座に振り返った。


「よう」


戸惑いを覚えるほどの表情が、そこにあった。
が、皮肉な特技であるポーカーフェイスで抑揚のない返事をする。

「この間は娘が世話になったな」
「別にいいよ」

二人で信号が青になるのを待った。
気まずいような、心地いいような空気が流れる。

「飯、買ってくか」
「え?」

銀八の言葉に、高杉は思わず彼の横顔を見やる。
寄り道を提案されるのは初めてだった。

「セっクスの前に食うの?」
「まさか。インターバルさ」

コンビニで軽くおにぎりでも買ってこうと言うのだ。
今までこの男との情事に、休まる一時などなかったはずだ。

「終電何時だ?」
「終電?」
「今日はぎりぎりまでヤろうぜ」

銀八は遠くを見据えながらそう言った。
高杉もそうしたい、と思った。驚くほどに自然な感情だった。
死ぬほど気持ち良くなって、その後は素っ裸でベッドに座って、二人で食事をするのもいいかもしれない。
不思議と、普段なら退屈な時間も、この男となら過ごしてもいい気がした。

「ホテルの近くにファミマがあんだ。そこにしよう」

銀八はいつもと違う方向に進んだ。高杉はついていくしかない。
暫く歩く。遠いな、と脚の疲れでそう感じた。
ようやくコンビニが見え、銀八のつま先がそちらに向いたことで、高杉はほっと一息ついた。

「お前何食う?」
「昆布」
「うわ、質素。俺はこれ」

銀八の選んだのは牛カルビだった。彼の肉体を見れば頷けるが。
高杉の分と自分の分を手に取った後、レジに向かうかと思いきや、銀八はまだ棚を眺めている。

「味噌汁も買ってくか…お前も飲む?」
「え、ああ…そうしようかな」

わかめと長ネギを選ぶ。だが未だに、銀八はそこを動かない。

「漬物も食おう」
「え?」
「それと、おにぎりもう一つ買ってくか」
「…軽くじゃなかったのか」

ぼそっと呟いたが、彼には聞こえなかったらしい。
買い物かごにもう一つ、梅を入れて、沢庵と、きゅうりの糠漬けを追加し、レジに持っていく。
店員が金額を言い渡すと、急に思い出したように銀八が声を発した。

「晋助、茶忘れてたわ」
「へ?」
「お前好きなモン選んで来い。あ、悪いね、会計ちっと待ってて」

店員に一度頭を下げると、高杉に同じことを要求する。
呆れながらも、そんな一面が嫌いじゃないと思いつつ、高杉は最初に目についた烏龍茶と玉露を取り、
会計まで慌てて持っていく。

「サンキュ」

彼は優しく笑った。違う、と高杉は何かを拒んだ。
銀八が奢ってくれたが、袋は持たされた。
まあいいか。奢りだし。

コンビニからおよそ2、3分だろう。
戦国時代の屋敷かと思えるような建物があり、珍しいものがあるな、とぼうっと眺めていたら銀八が、
「あそこだ」と言うのだ。
あれ、ホテルだったのか。

「初めて見るな」
「だろ?和室のラブホなんだよ」

外見からは覗えない。淫らな男女の図、というよりも、高級魚料理とか出てきそうだ。
おまけに庭園があり、橋を渡って門をくぐる。
受付も普通の旅館と同じだった。これでは、銀八と旅行に来たみたいではないか。

が、すぐ横に部屋選びのパネルがあったので、現実に引き戻された。


「つうか、高…」


思わず、そんな言葉が出てしまった。
高級旅館とまではいかないが、ラブホの値段とは思えない。

「たった3時間で9500円?安い部屋で?」
「滅多に来ねえけどな。通ったら破産するから」

部屋にランク付けがあるようだが、銀八は堂々とAランク(一番料金の高い部屋)を選んだ。

「いいのかよ…」
「偶にはいいだろ」

前払いで、銀八は折り畳み式の財布から、万札を2枚出した。
釣銭と鍵を握ると、浴衣を貸してほしい、と受付の女に頼んだ。

「男性の方でしたら3種類ございます」
「俺はその紺色のでいいや。女モンはどれ?」
「えっと、女性用も3種類御用意が」

受付の女は、銀八の隣にいる高杉の顔を見て少し首を傾げつつ、客の注文に忠実に従う。
出された浴衣は、桜の花が舞う淡いピンクの浴衣、成人式で一番見かける赤色の浴衣、もうひとつは、
蝶柄の紅色の浴衣だった。
綺麗な紅色だ。


「それがいいな。一番左」


銀八もやはりそれを選んだ。いや待て、その前におかしくないか。

「何で女モンなんだよ…」
「似合うと思うぜ」
「そういう問題じゃ」
「じゃあ、それ頂戴」
「おい」

人の話を聞け、と拳を握ってしまったが、それを振り上げるまではいかなかった。
受付の女は笑いを堪えているようだ。
些細な夫婦喧嘩でも見ている心境なのだろうか。


「ごゆっくり」


女は頭を軽く下げて、早々に引っ込んだ。
部屋は5階。エレベーターは4階で止まっている。それを待った。

すでに事は始まっている。
銀八は一切、言葉を発さなかった。高杉もしかり。
その静寂は、もう一人の自分へ切り替えるためのものだ。

日常から非日常へ。
今から自分たちは、支配者と服従者の関係になる。
エレベーターに乗ると、高杉は密かに唾を飲んだ。何て淫らな緊張感だろうか。

銀八の指が「5」のボタンを押す。扉が閉まる。
無意識に銀八を見やると、すでに彼の腕がこちらに伸びていた。

「う、ん…」

身体を引き寄せられて、いきなり唇を重ねられた。
些か戸惑いつつも、高杉も身を委ねた。
激しさこそないが、やはりこの男の支配力はすごい。
舌を絡め取られると痺れてきて、脚と脚の間のものも首を擡げた。


「たっぷり可愛がってやる…」


唇を離した後、少し浮かべた笑みが、怖くも淫靡にも、優しくも感じられた。
この時は慣れた演技すら出来ず、高杉は銀八の顔をただ見据えるだけだった。

「5」のボタンが点滅する。
扉が開くと、銀八が不意に高杉の手をとり、それに困惑しながら高杉は部屋に引きずられていく。
自分の手を握る男の手が力強い。

部屋の入口まで凝っている。
目に飛び込んできたのは畳みと掛け軸。おまけに花まで飾られていた。
だがそこにも、興ざめするようなものがあった。

(ここだけラブホだな…)

精算機である。和室にはあまりに不釣り合いだ。
そしてベッドなんだな。布団じゃなくて。

「トイレそこ。風呂はその隣」

きょろきょろしている高杉に、銀八が説明をする。
自分の部屋のようにくつろいだ様子で、彼は服を手早く脱いでいく。
高杉が荷物を置いて、漸く自分の服に手をかけた時は、すでに銀八は浴衣を羽織っていた。
さぞモてるだろうな、この男は、と浴衣姿の男を見やり、そう思う。

「お前も着替えろよ」

蝶柄の紅色の浴衣を投げられた。やっぱり着なければ駄目か。

「ぜってえ似合うから、着てみ?」

こういうのも似合う自信はあった。
そうでなければ、不特定多数の男に抱かれようなどとは考えない。

高杉が服を一枚一枚脱いでいくと、銀八がベッドに腰掛け、頬杖をついて凝視してくる。
視線に犯されているようで、呼吸が弾んだ。
裸になると、紅色の浴衣に腕を通す。その時銀八が、「ほー」と感心したように息をついた。


「綺麗じゃん」


思わず出た言葉のようだった。
直球で高杉も恥ずかしくなり、俯いてしまった。何だろうか。
帯を巻いていると、銀八が腰をあげ、歩み寄ってきた。

「帯は締めなくていい」

途中まで巻いたものを解かれる。
彼は背後に回り、高杉の浴衣を肩まで引き下ろした。


「お前なら絵になるだろうな…」


前を開かれて、二の足と、高杉のそれが剥き出しになる。
実質、肩下から手首までと、後ろは背中から下だけ浴衣で守られている恰好になった。

「両手を後ろに回せよ」

耳元で命じられ、ぞくりとした。
言うとおりにすると、手首を交差され、帯で固定された。
余った部分で、上半身を幾重にも巻かれた。
公共の場で辱められている、昔の遊女のようだ。

「自由を奪われた気分はどうだ、晋助」

それもこんな恰好で。
銀八の手が高杉の胸を弄り始める。
敏感な実を執拗に愛撫され、そのうちにもうひとつの手は、下の欲塊に届き、遊んでいた。

「あぁ…あ…あン…っ…」
「お前の先っぽから出てる、こいつは何だ、ん?」
「や…そんなに…っ」
「俺の質問に答えろよ、晋助」
「あ…う……そ、れは…あっ!」

全て絞り出されるかと思うほどに、強めに扱かれる。気をやりそうになった。

「エっチなぬるぬるの液が、晋助の淫乱なちンぽから出てます、って言ってみ?」
「そん……な…」
「言え、つってんだろ」
「っ…え…ちな…ぬるぬるの…液が……」
「ん?」
「晋助の…淫乱なち、ち…んぽから…出てます…」

銀八の手が離れ、彼は膝を折り、高杉の股の間に顔を入れる。

「こっちに御褒美だ。ただし立ったままでいろよ?出来なかったら仕置きするからな」

ねっとりとした塊が、高杉の美門に侵入した。

「あああンっ…!」

高杉は刺激に耐えられず膝を折った。
何とかつま先に力を入れて、立ちの姿勢だけは保つが、凄まじい勢いで中をほぐしてくる銀八の舌技に、
何度も持ち直すのは至難の業だった。

「も、だめ…立って、られない…っ」

涙目で真下の銀八に訴える。

「そんな目で見ても無駄だ。むしろ余計苛めたくなるわ」
「ひっ?!」

裏の孔への恥辱は止まず、それどころか銀八の掌が高杉の、し兼ねた前のものを包み込み、
行き来を始めた。

「やだっ、どっちもなんて、無理っ」
「どっちもって?てめえが感じる言葉で叫んでみな。お前がとんでもねえこと言うほど、
俺は興奮するよ」

肉体にも聴覚にも性的拷問はやまない。
だがそんな拷問を求めているのは自分のほうではないのか。
銀八のような狂犬にかみ殺されたいと願っているのは、この身体ではないのか。

「お尻の、穴…と…ち、ちンぽ…っ」
「その二つが辛抱できねえ、て?」

イイ顔だ、と思った。一度、愛しげに菊蕾に口づけると、二本の指に唾液をつけて、
潤みの膜を張っている部分に潜りこませた。
奥まで届いて、高杉は絶叫する。

「やっ、イクっっ」

悦の涙がどっと溢れた。そのまま脱力した身体を銀八に抱きとめられる。
真っ白い水溜りが畳みの上に出来ているのをフリーズした視界で捉え、銀八の胸の中で
早い呼吸を繰り返していた。

「言うとおり出来なかったな。お仕置きの時間だ」

耳朶を噛まれると、高杉の身体は過敏に反応した。
片腕で高杉を抱き寄せたまま、彼は自らの帯を解き始める。
何をするつもりなのかと、思わず身を捩って構えてしまう。
やがて解けた長い帯が間近に迫ったかと思うと、次の瞬間、高杉の視界は真っ暗になった。

「何、を…っ」
「仕置きだって、言っただろ?」

瞼が圧迫されて痛い。
視界を封じられた恐怖が、残された自由すら奪っていく。
両手首も後ろで縛られたままで、まさに一人では何もできない状態となった。

「怖いか?」

前髪を掻きあげられた。恐怖心を全面に押し出すようにして、うんと大きく頷く。
銀八は笑っている。温度でそんな気がした。

「こんなもんじゃねえよ」

上下の歯列を、何かにこじ開けられた。

「んん、んぐっ?」

口は半開きになったまま、元に戻らない。
噛み合わせようとすると、間の障害物に阻まれた。これは何だ。布?
上手く状況が把握できないでいると、不意に身体が浮いた。
窮屈な体勢のまま、銀八に抱きかかえられている。
銀八の足音。何処かに運ばれているのだろうか。

身体を放られた。打ちつけられた感覚が鈍かったのと、シーツの感触で、ベッドの上だとわかった。


「中々いい恰好だな」


美しい娼婦の責め絵のようだ。
まだ20前後の若年でありながら、その肉体が醸し出す魅力が、この子をこんな風にしてしまったのだろうか。
それに魅了された男も女も不憫、この子自身も、また不憫。

(まあ、俺の知ったことではないがな…)

その乱れた肉体と、反面渇ききっている心とを手に入れたらどうだろうな、と思うときはあっても。
それもくだらない衝動である。


「んんっ!」


片方の尻朶に痛みが走った。銀八の掌が高杉の尻を打ったのだ。
数秒置いて、ひりひりしてくる。

「んっ!」

もう一方も叩かれた。先刻よりも強めにだ。
そのあと数回、破裂音が響く。

「痛えか?」
「ん―っ」

今までで一番強い力で戒められた。これはかなり痛い。

「んっ!」

有無を言わさず、もう何度目かの仕置きが高杉を責め立てる。

「こういうのもいいだろ。痛がってる割に、結構悦んでんじゃねえの?」
「ん…ぅ…」
「え?どうなんだ」

白い双丘を撫で、谷間に人差し指を埋め込む。

「うんん―っ、んんーっ」

掌を仰向けて、下から突き上げにかかった。

「んん―んっ、んんーっっ、ぅうんっっ、んんんん―っっっ」
「お前のはしたねえケツの穴を壊してやろうか?どうだ、嬉しいか晋助」

思考が飛びそうになる。遠くの方で銀八の声を聞いて、高杉は必死に頭をふる。
いや、もっと。その指を食わせてくれと、欲望の口は歯をむき出しにしている。

「んんうっ、んんっ」
「こんなに食いつきやがってド淫乱がっ。トんじまいな、ほら、トべっ」

銀八の指が奥の奥を貫く。
高杉は激しく身悶え、布に歯を食い込ませた。
一度意識が拡散したかと思うと、熱が引いて行く。生温い濁流が高杉の股の間をくすぐった。

銀八はか細い息をしている高杉の髪を掴み、上体を起こさせ、唇を舌でなぞる。
キスをしてやりたいな。
結び目に指を通し、口の拘束を解いた。

「は…ぁ…」

口の端からは唾液の跡が何層もあった。
それも舐め取って、少年の唇を優しく吸ってやる。
漸く自由になった唇を、高杉は精いっぱい突き出し、銀八のキスに応えようとした。
どんな顔をしてそんな可愛いことをするのか、思わず見てみたくなる。

「いい子だ…楽にしてやる」

先刻よりもキツめの拘束を解いた。
瞼が気持ちいいと感じながら、高杉は今目覚めたかのように静かに開眼する。
“久々”に捉えた銀八の顔は優しかった。気のせいか、こんな顔が増えただろうか。


「挿れてほしいか?」


自分の内部で息を潜めているものがある。
それが邪まな欲求だと、この時はまだ、信じてやまなかった。

「挿れて…ほしい…」
「何をだ。わかってるよな、俺を悦ばせる頼み方を」

銀八を満足させる言葉。それを口にのせることがどれだけ、この肉体を潤わせてくれることか。


「銀八のちンぽを…お尻の穴で、しゃぶらせて…ぐちゃぐちゃにして…」


この淫乱な、欲望の捌け口で。
どういうわけか、銀八が可笑しそうに笑った。

「かわいい奴」

本心なのかわからなかったが、そんなことを思考している暇はなかった。
両脚を抱えられ、銀八に荒々しく凌辱されながら、一瞬、無意識に仕草でキスを求めた。
何だろう。セっクス、セっクス…よくわからない。気持ちいいな、死にそうだ。

「イクっ、イっちゃぅ…っ」

縛られた手首が痛い。心地よいほどに。もっと痛めつけてくれと言わんばかりに。
激しく喘ぎながら、銀八が高杉の室内を自身で満たしにかかる。
シーツにも、腹部にも、しょうのない刻印が押されていた。

脱力した銀八が倒れてきて、身体を抱きしめられる。
息が整うまで、そうしていた。


「喉渇いたな、休憩すっか…」
「ん…」


日常の顔を取り戻した銀八に、手首の拘束を解かれる。
「いてて…」と真っ赤になった手首を擦りつつ、その歪んだ性癖の証が、愛しく思えた。


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