不意に身動いだ体躯に、白龍は視線を横へと動かした。 突然白龍の寝室へ飛び込んできて、散々遊び散らかした後、 彼は当然のように白龍の寝具の中へと潜り込み早々に寝息を立てていた。 掛布をあてもせず伸びた肢体、 長く結った髪を白いシーツの上へと撒き散らす様は先程と何ら変わりの無い様に思える。 そんな彼の横で、白龍は書物に視線を落としていた。 最初はといえばここで寝るのは自分だと主張し、彼と寝具を取り合っていたのだが、 段々と馬鹿らしくなり(かといってその場所を譲る気にもなれず)、何故か二人で一つの寝具を共有するという今の現状に落ち着いていた。 そんな自分の横で、不意に彼の長い体躯が動く。 寝具の横へと灯された蝋の灯りが揺れて。 揺らいだ文字に、白龍は、文字から横で眠る彼へと視線を動かした。 「う・・・っ」 小さな呻き声と一緒に、彼の投げ出された四肢が小さく、丸くなる。 異変を感じたのは、その直後だった。 彼の周りで、黒のルフが小さな悲鳴を上げる。 ざわりざわりと、主人を守る様に集まるルフは、彼が体動を繰り返すたび集まっては消えていく。 「い・・・やだ・・・」 絞り出すように呻く言葉に、白龍は書物を閉じた。 「神官殿」 呼ぶ名に答える声はない。 代わりに呟かれるのは、悲痛なか細い鳴き声だけで。 いやだと やめろと 懇願するように絞り出される声音は、普段の彼からは想像も出来ないような弱々しいものだった。 彼が鳴き声を上げるたび、同調するようにルフが周囲を飛び回る。 キィキィと、軋むような悲鳴を上げて。 「・・・神官殿」 もう一度、白龍は彼の名を呼んだ。 悪夢でも、見ているのだろうか。 だとしたらどんな悪夢なのだろう。 創聖の魔法使いにして最強の名を欲しいままにし、世界中からその存在を欲すられる彼にも、恐れるものがあるというのか。 黒のルフが鳴く。戦慄き、ボロボロと消えていく。 ふと、ある日の記憶が白龍の脳裏に蘇った。 「お前のような堕転した存在に何がわかる」 そう、彼に言った事があった。 その時の彼の顔は、いつもの不敵な苛立ちを覚える表情ではなく どこか頼りない、不安定な少年の顔をしていた気がする。 「・・・俺だって、別に最初からこんなんだったわけじゃないんだけどな」 そう、呟いた彼の弱々しい声音が脳裏に蘇る。 あの時の言葉は、真意だったのかもしれない。 彼にもあったのだろうか。 大いなる白いルフを穢され、黒に染め、堕転を繰り返し闇の中へ身を堕としていく葛藤や、恐怖や、苦しみが。 こうして蹲る小さな彼は、 きっと、誰にも救われることがなかったんだろう。 呻く手が、行き場をなくしてシーツをたぐる。 苦しげに寄った眉を見下ろし、白龍は蝋の灯りを吹き消した。 闇に溶けた寝台で白龍は掛布を被る。 震えて、背を丸める、彼をも巻き込んで頭からすっぽりと覆い被った。 黒のルフが鳴く。悲鳴を上げる、主人を返せというように。 遮断された世界。掛布の外でルフは戦慄く。 未だ震える白い頬にそっと手を伸ばしてみた。 触れたそこは彼の扱う魔法の様に冷たくて。 少しの躊躇のあと、そこを掌で包み込む。 泣いてはいない。濡れてなどいない。 それから、行き場を無くし、シーツを握りしめていた手を取った。 指を離し、自分の指の間へと絡ませる。 縋るように握りしめてくる大きな手の感触に苦笑を落とし、 こつりと、その額へ自分の額を押し付けた。 「・・・馬鹿ですね、あなたは」 泣いて 泣いて眠りへとつく ( 助けてと、言ってくれればいいのに ) .
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