歪んだ愛に溺れて
□“愛してる”の対価
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俺達が面と向かって話をするのは、二度目だ。
一度目のあの日以来、シズちゃんとまともに会話ができたことがない。
――あの時も、名前のことだったな……。
インターホンを押しながらも考えるのは名前のことばかりで、気持ちの整理はついたのにこの先のことが心配になってきた。
「やあ、時間通りだね」
ドアを開けた新羅の向こうを見ると、既にシズちゃんの靴が玄関の隅にあった。
「邪魔するよ」
「コーヒーでも飲むかい?」
「ああ、頼む」
通い慣れたリビングに入ると、イスに座ってシズちゃんと会話をしていた運び屋が立ち上がった。
どうやらシズちゃんは怒っていないようで、俺を見ても、来たか、としか言わなかった。
『必要ならば、私と新羅は別室に行くが』
「その必要はないよ。君達にも訊きたいことはあるからね。ね、シズちゃん」
「……そうだな」
それでもやはり俺が気に食わないのか、ベランダの方を向いたままシズちゃんは答えた。
運び屋がシズちゃんの方に移動し、運び屋の前に俺が座る。
「はい、お待たせ。静雄は砂糖とミルク入りでよかったよね?」
「ああ」
俺の隣に座った新羅が、盆に乗せていたコーヒーカップを俺達の前に置いた。
「さてと……落ち着いたかい?二人とも」
すべてを見抜いているように、新羅が柔和な笑みを浮かべる。
「正直、二人が話し合いをするって聞いて吃驚したよ。殺し合いでもするんじゃないかと思ってたからね」
「しねぇよ、今更」
シズちゃんがはっきりと否定した。
「これ以上、名前を傷つけたくねぇからな」
シズちゃんが俺に目を向けた。
以前とは違い、その目はまっすぐな光を宿している。
「悪かった。俺はもう、名前には手を出さない」
「……は?」
「だから、悪かったって言ってんだよ」
向こうから謝るとは思っておらず反応に遅れると、シズちゃんは苛ついたように癖のある金髪を掻き乱した。
「今度こそ、きっぱりとフラれちまった。やっと目ェ覚めたんだよ。名前はお前を選んだ」
「……名前が、言ったの……?」
「手紙が届いたんだ。子供の戸籍も、名前の本籍に入れるってよ。俺はもう、お前らに関わらねえ」
それは、俺が何年も願い続けていた事だった。
長い間三人での関係が続いていたせいか、いざそう言われてみるとすぐには現実味を感じない。
唖然と固まっていると、右肩に重みを感じた。
「臨也、名前ちゃんは君を選んだんだよ」
言い聞かせるように、ゆっくりと新羅が言葉を紡ぐ。
おめでとう、とでも言うように、新羅が肩を叩く。
気持ちを落ち着かせるように息を深く吸い、いつの間にか握り締めていた手を開いた。
「……俺、名前を待つよ。もう一度、一からやり直す」
「なら、次は最後まで守りぬけよ。名前も、子供も」
いつもならシズちゃんに言われる筋合いはないと反論するところだが、今回ばかりは素直に頷いた。
やっと終わった。
そう思うと、自然と肩の力が抜けた。
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