歪んだ愛に溺れて
□針は進む
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粟楠会まで行った帰り道、公園の前を通ると見知った姿が目に入った。このまままっすぐ帰るつもりだったが、少しくらい寄り道してもいいだろう。
「静雄!セルティ!」
噴水の前で立ち話をしていた二人に手を振って駆け寄る。
「おまッ!名前走るな!」
素早く吸っていた煙草を携帯灰皿に入れ、静雄が声を荒げた。
「大丈夫だって、これくらい。とっくの昔に安定期に入ったし」
服の上からでも目立つようになった腹部を軽く叩くと、静雄は呆れたように溜息をついた。
会う度にもっと自覚しろと散々言われてきた為、急いで話題を変える。
「セルティは久しぶりだね」
『ああ。名前も元気そうだな』
「うん。つわりも消えたしね」
「つわりがないからってなんでもかんでも食うなよ。母親の食べたもんが赤ん坊に影響するんだからな」
「解ってるって」
私よりも母親らしいことを言い出した静雄を制すると睨まれてしまった。臨也もそうだが、最近の二人はまるで姑のようだ。
いや、私が気にしなさ過ぎているだけか。
「あ、そうそう」
ふとあることを思い出し、手に提げていたバッグから母子手帳を取り出した。そして、中に挟んでいた一番日付が新しいエコー写真を二人に見せる。
「これ、一昨日の写真」
じっと二人は顔を並べて覗きこむが、見たところあまり理解していないようだ。
医者から聞いたことを、写真を指でなぞりながら教える。
「こっちが頭ね。これが背骨で、ここが心臓。動画で見るとちゃんと動いてるんだよ」
「もう人の形してんだな……」
『すごいな、人間は』
「ついでに性別も教えてもらったんだけど、聞きたい?」
そう言うなり、静雄がバッと顔を上げた。
「……どっちなんだ?」
期待に満ちた目で尋ねる静雄と、首があったならきっと同じような表情をしているだろうセルティ。ヘルメットのせいで影は見えないが、胸の前で拳を握り締めているということは、恐らく私の予想は当たっているのだろう。
焦らすようにゆっくりとした動作で写真を挟みなおしながら、噛み締めるように言葉を紡いだ。
「女の子、だって」
「……女……」
「私は男の子の方がよかったんだけ……ど……」
途中で、突然息が詰まった。
抱き寄せられたのだ。静雄に。
黒の占める面積が大きくなった視界の隅で、セルティが驚いて肩をすくませているのが見える。
「静雄……?」
「……あ、悪ィ」
肩を小さく震わせた静雄が、そっと体を離す。
「すまねぇ。つい嬉しくてな」
『見てるこっちがびっくりしたぞ……』
左胸を押さえるセルティに静雄は再び謝り、私に向き直った。
「名前に似て、きっと美人になるだろうな」
「誉めても何も出ないよ」
「世辞じゃねえよ。俺は本当に――」
今度は静雄の言葉を遮って、バッグのサイドポケットに入れていた携帯の着信音が鳴り響いた。
ディスプレイの名前を確認してから、二人に一言告げ少し距離を空けた。
「もしもし?」
『名前、今どこ?』
開口一番にそう訊いてきた臨也に、頭の中で警報が鳴った。
――見られてるんだ……。
周囲を見渡そうとしたが、悟られるのはまずいと脳がストップをかけた。
「今……帰るとこだけど」
『……そう。あ、帰りにアイス買ってきて』
「解った……」
短い通話を終え、ふうと息をつく。
帰ったら面倒くさいことになりそうだが、帰らなかったらもっと面倒になるだろう。
「ごめん、そろそろ帰るね」
「そうか」
『またな』
二人に背を向け、蝉の声が包む公園を出た。
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