歪んだ愛に溺れて

□明鏡止水
1ページ/5ページ



玄関を開けた新羅は、私を見ると全てを悟っているように部屋に招き入れてくれた。
どうやらセルティは留守らしく、一人で岸谷家の食卓に座る。

「結構ダメージが大きかったみたいだね」

目が赤い、とテーブルにコーヒーカップを置きながら、新羅が皮肉っぽく言う。

「静雄は俺にとって、数少ない友人の一人だ。その友人の為にしたことなんだよ」

「今回はセルティに言われたからじゃないんだ?」

私も皮肉を込めて返すと、否定するわけでもなく新羅は笑った。

「君の為でもあったんだよ?もし僕が真実を静雄に言っていなかったら、事態はもっとややこしくなっていただろうね」

それは新羅の言う通りだ。
こればかりは言い返す言葉もなく、黙ってコーヒーを一口飲んだ。

「これからどうするんだい?」

「臨也と暮らす。九瑠璃と舞流にも言ったし、あの二人も納得してくれたから」

静雄と別れたと言った時は残念そうだったが、意外にも反対はされなかった。私達ばかり名前姉を独占するのは悪いから、らしい。

「僕は君達のことをずっと見てきた。名前ちゃんはなんだかんだ言って、静雄のことが好きだったんでしょ?そのことを、臨也はなんとなくだけど感じとっていた」

「そうかもね。まあ否定はしないよ」

新羅はどうしてこんなに鋭いのか。
今はいい方向に働いているが、厄介になることもこれからはありそうだ。

だが、今日はこんな話をする為に来たんじゃない。

「新羅」

「なんだい?」

「ありがとう」

「ぶっ!?」

最初に目的であった礼を言うと、新羅は飲みかけていたコーヒーで豪快に噎せた。

「ちょっと、汚い」

「名前ちゃんがいきなり変なこと言うからだよ!」

「やだなあ、ただありがとうって言っただけなのに」

「それが原因だよ!」

テーブルに飛び散ったコーヒーの飛沫を布巾で拭い、息を整える新羅。
ずれた眼鏡の位置を戻し、訝しい目で私を見てくる。

「で、何がありがとうなんだい?」

「今までのこと全部だよ。新羅には散々迷惑かけたからね」

「別に迷惑ではなかったけどね」

「優しいねえ、新羅は」

私は足元に置いていた、白い紙袋を持ち上げた。
テーブルにそれをのせて、新羅の方へスライドさせた。

「なんだい?これは」

「私からのお礼の気持ちだよ。何がいいか解らなかったけど、一応新羅が喜びそうな物だから」

警戒しつつ紙袋を覗きこんだ新羅の顔が輝く。

「これは!」

「セルティ用コスプレセット」

新羅が毎晩セルティのコスプレ姿を考えて、日記に綴っているのは知っていた。だから、そこに書かれていた物を絵理華協力のもと集めたのだ。
中には、セーラー服やナース服、婦警の制服やスクール水着が入っている。

「まあ、ようやく両思いになれたんだし、着せてみれば?」

「ありがとう!いやー、いい友人を持ったよ!」

そんなに喜んでもらえるとは、わざわざ買った甲斐がある。

「じゃあ私はそろそろ行くから、後は楽しんでね」

「うんうん!気をつけてねー!」

バッグを持って立ち上がると、新羅は笑ってしまうほどのニヤケ顔で見送ってくれた。

――写メってセルティに送ってやろうかな……。


,
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ