歪んだ愛に溺れて
□明鏡止水
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玄関を開けた新羅は、私を見ると全てを悟っているように部屋に招き入れてくれた。
どうやらセルティは留守らしく、一人で岸谷家の食卓に座る。
「結構ダメージが大きかったみたいだね」
目が赤い、とテーブルにコーヒーカップを置きながら、新羅が皮肉っぽく言う。
「静雄は俺にとって、数少ない友人の一人だ。その友人の為にしたことなんだよ」
「今回はセルティに言われたからじゃないんだ?」
私も皮肉を込めて返すと、否定するわけでもなく新羅は笑った。
「君の為でもあったんだよ?もし僕が真実を静雄に言っていなかったら、事態はもっとややこしくなっていただろうね」
それは新羅の言う通りだ。
こればかりは言い返す言葉もなく、黙ってコーヒーを一口飲んだ。
「これからどうするんだい?」
「臨也と暮らす。九瑠璃と舞流にも言ったし、あの二人も納得してくれたから」
静雄と別れたと言った時は残念そうだったが、意外にも反対はされなかった。私達ばかり名前姉を独占するのは悪いから、らしい。
「僕は君達のことをずっと見てきた。名前ちゃんはなんだかんだ言って、静雄のことが好きだったんでしょ?そのことを、臨也はなんとなくだけど感じとっていた」
「そうかもね。まあ否定はしないよ」
新羅はどうしてこんなに鋭いのか。
今はいい方向に働いているが、厄介になることもこれからはありそうだ。
だが、今日はこんな話をする為に来たんじゃない。
「新羅」
「なんだい?」
「ありがとう」
「ぶっ!?」
最初に目的であった礼を言うと、新羅は飲みかけていたコーヒーで豪快に噎せた。
「ちょっと、汚い」
「名前ちゃんがいきなり変なこと言うからだよ!」
「やだなあ、ただありがとうって言っただけなのに」
「それが原因だよ!」
テーブルに飛び散ったコーヒーの飛沫を布巾で拭い、息を整える新羅。
ずれた眼鏡の位置を戻し、訝しい目で私を見てくる。
「で、何がありがとうなんだい?」
「今までのこと全部だよ。新羅には散々迷惑かけたからね」
「別に迷惑ではなかったけどね」
「優しいねえ、新羅は」
私は足元に置いていた、白い紙袋を持ち上げた。
テーブルにそれをのせて、新羅の方へスライドさせた。
「なんだい?これは」
「私からのお礼の気持ちだよ。何がいいか解らなかったけど、一応新羅が喜びそうな物だから」
警戒しつつ紙袋を覗きこんだ新羅の顔が輝く。
「これは!」
「セルティ用コスプレセット」
新羅が毎晩セルティのコスプレ姿を考えて、日記に綴っているのは知っていた。だから、そこに書かれていた物を絵理華協力のもと集めたのだ。
中には、セーラー服やナース服、婦警の制服やスクール水着が入っている。
「まあ、ようやく両思いになれたんだし、着せてみれば?」
「ありがとう!いやー、いい友人を持ったよ!」
そんなに喜んでもらえるとは、わざわざ買った甲斐がある。
「じゃあ私はそろそろ行くから、後は楽しんでね」
「うんうん!気をつけてねー!」
バッグを持って立ち上がると、新羅は笑ってしまうほどのニヤケ顔で見送ってくれた。
――写メってセルティに送ってやろうかな……。
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