非日常症候群

□に
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これまでの日常が変わるかもしれないと警戒しながら登校したが、何も変わっていなかった。クラスメイトも普通に挨拶を交わしてくれるし、冷たい目で見られることもない。どうやら、折原臨也はまだ何もしていないようだ。

「ねえねえ!これかわいくない?」

「あ!かわいい!」

「みんなで揃えようよ!」

机に広げられた雑誌には、今人気が上がっているというカラフルなお化けのようなマスコットの写真が並んでいた。継ぎ接ぎの体とボタンの目が、ごろごろと転がっている。

「ね!名前も一緒に買いに行こうよ!」

肩を揺らされ、ようやくみんなの視線が私に向いていることに気が付いた。1人だけ、まったく笑っていなかった。

「あ、そうだね!私もほしい!」

同じ感情を示せば、安心したような空気が流れる。

「じゃあ、今日の放課後でいい?」

オッケー!とみんなの声が重なる。いいよ、と私も答えようとした直後、両肩に重みがかかった。

「えー、今日は一緒に本を探しに行こうって約束したじゃないか」

空気が止まった。そんな気がした。
クラス中の視線が、私の方に集まっている。背後から聞こえた声と、プレッシャーを与えるように肩に加えられる力が、安心しきっていた頭を現実に引き戻す。

「え、折原君……?名前と仲良かったっけ?」

複数の視線が、私と彼を交互に見る。慌てて否定しようとしたが、既に事態は最悪の方に向かっていた。

「違っ……」

「うーん、仲がいいっていうか、俺が名字さんに片思いしてるだけなんだけどね」

わざとらしい台詞に、静かだった教室のあちこちから黄色い声が上がった。
違う。そうじゃない。こいつは私を脅してるだけなのに。そう言いたくてもうまく舌が回らず、声が出ない。

「そうだったんだ!それは邪魔しちゃ悪いね!私達のは明日にしよっか!」

「そうだね!いつでも行けるし!」

「ありがとう、助かるよ」

私抜きで進む話に耐えられなくなって、席を立った。おっと、と呟いて横に退いた折原臨也の方は見ずに、保健室とだけ言って教室を出た。
予鈴が鳴り始めたが、気にせずクラスから離れる。後ろの方から名前を呼ぶ声がしたが、立ち止まらなかった。しかし、階段を降りている途中で、とうとう追いつかれた。後ろから手を掴まれ、振りほどこうとすると先に引っ張られた。

「おっと、怒らせちゃったかな?」

まったく悪びれている様子はなく、寧ろ楽しんでいるように折原臨也は笑っていた。

「頭どうかしてんじゃないの?」

「俺はいたって正常だよ。ていうか、感謝してほしいくらいだね。楽しそうじゃなかったから助けてあげたのに」

言い返す言葉が見つからず、開きかけていた口を閉じる。悔しいが、彼の言う通り楽しいとは言えなかった。

「これで君は逃げられなくなったね。今朝は何も無かったから安心しただろう?でも、いつ俺が口を滑らせるか分からないよ」

「それ、脅し?」

彼は肯定も否定もせず、さあ、とでも言う風に肩を竦める。そして、何か閃いたように掌を合わせた。

「よし、今日は2人でサボろう!」

「なんで?」

急な提案に、想像以上に低い声が出た。

「まあまあ。教室飛び出してきちゃったんだから、君も戻りにくいだろう?体調が悪いから家まで送ってくるってことにして、鞄取ってきてあげるよ」

またもや反撃しようがないことを言われた。悩む隙も与えないつもりなのか、折原臨也は早速教室に足を向けた。

「あ、下で待ってて」

そう言い残して小走りで階段を登っていった背中が見えなくなった後、静かな廊下に自分の溜息が吸い込まれていった。

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