非日常症候群

□は
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新しい友人も増え、クラス内はいくつかのグループに分かれ始めた。女というものはすぐに仲間を作りたがる。そういう私も、平和な学校生活をおくるために輪の中に入った。
入学して学校にも慣れ始めると、出てくる話題は青春の醍醐味でもある浮かれた話だ。何組のなんとか君がかっこいいだの、なんとかさんはかわいくて他校にもファンがいるだの、噂にはきりが無い。
そこでよく耳にするのが、あの折原臨也の名前だ。
静雄に言われた通りあの日以来関わっていないが、噂だけは毎日のように聞く。

「折原君って市原さんと付き合ってるんでしょ?」

「え?藤野さんじゃなかったっけ?」

「うそ、あたしの友達が、この前山浦さんとキスしてるとこ見たって言ってたんだけど!」

今日も今日とて、嘘か本当か分からないような話が始まった。
チョコレート菓子を食べながら、適当な相槌を打つ。私の役目はこれだけだ。
しかし、へえ、ふーん、と聞き流していると、友人の一人が私の方を見た。

「そう言やさ、名前って平和島君と仲いいじゃん?付き合ってんの?」

「は?……いや、付き合ってないけど」

急に私に話題が移ったものだから、反応が遅れてしまった。

「えー、付き合ってないのー?」

「幼馴染みって現実では意外とあっさりしてるもんなんじゃない?漫画とかだと恋愛に発展するけどさ」

「でも、ちょっと怖いけど平和島君も結構かっこいいよね?」

「あ、分かるー!」

私のことはどこへ行ったのか、次は静雄の話題になった。
確かに静雄は顔はいい。私は金髪にする前の方が素朴で好きだったが、今でも十分かっこいい筈だ。ついでに背も高い。
マシンガントークを聞き流しながら、教室の前方に掛けられている時計をチラチラと見て残りの休み時間を計算する。まだ30分もある。
空になったお菓子の袋を潰し、コンビニの袋に入れた。

「ごめん、ちょっとトイレ」

マシンガントークが切れたタイミングを見計らって、一言告げ立ち上がった。
昼休みになると仲が良い者同士で弁当を食べるため、みんな机と椅子を思い思いに動かす。そのせいで教室は迷路のようになってしまう。机同士の距離も広かったり狭かったりで、教室から出るだけでも一苦労だ。
廊下はまだ人が少ない方だった。あと20分もすれば、移動教室に追われる生徒でいっぱいになるだろう。
一番近いトイレを目指していると、後ろから男子生徒の集団が走って追い越していった。偶然にも、その会話が耳に入る。

「今回はどこの奴らなんだろうな!」

「制服は学ランらしいぜ!」

断片的だったが、もしやという一つの可能性が浮かんだ。本来の目的であるトイレの正面にある階段に足を向ける。
前の男子生徒達を見失わないよう、階段を駆け下りた。
が、3階から2階へ続く階段の踊り場で方向転換した直後、下から登ってくる見覚えのある人物と遭遇した。私が足を止めると、その人物も私に気が付いたようで顔を上げた。

「おや、猛獣使いじゃないか」

件の折原臨也だ。

「その猛獣使いっていうの、やめてよ」

「また世話を焼きに行くのかい?君も大変だねえ」

会話が繋がっていない。
言い返すのも面倒になって、彼の横を抜けて階段を降りようとした。しかし、折原臨也がそれを阻止するかのように私の前へ移動し、降りようにも先に進めなくなった。
あらゆる女子達を虜にしている貼り付けたような笑みではなく、愉しそうな意地の悪い笑みが見上げてくる。きっと、こっちが本当の折原臨也だ。

「ねえ、少し二人で話をしようよ」

「……なんで?」

「純粋に、君に興味があるんだ。仲良くしようじゃないか」

仲良くしようと言われても、私は仲良くしたくない。静雄とあれほどの喧嘩をしておいて、静雄側にいるとはっきりと分かっている私と仲良くしたいだなんて、どういう神経をしているのだろう。
私が返事を渋っていると、他の生徒の視線が気になり始めたのか、彼の方が先に折れた。

「まあいいや。また今度にしよう」

すれ違い際に、左の肩に彼の左手が触れた。

「じゃあね、名前ちゃん」

名前を呼ばれた瞬間、背筋に悪寒が走った。百足が何匹も背中を這いずり回っているような、ひどく気持ちの悪い感覚だった。
逃げるように無理矢理足を動かしたが、いつまでも折原臨也に見られているような気がして落ち着かない。
外に出ようと下駄箱から靴を取り出した直後、離れた所から呼ばれた。昇降口の方を見れば、カッターシャツの袖を捲り上げた静雄の姿があった。

「静雄……」

もう外に出る必要はないか、と下駄箱に靴を戻す。
どうやら、今日は怪我はしていないようだ。静雄が靴を履き替えるのを、掲示板に貼られている薬物防止ポスターを眺めながら待った。
そうだ、折原臨也は麻薬に似ているのだ、と突拍子のないことが浮かんだ。自分でも、どうしてそう思ったのかがぼんやりしていて分からない。

「おい、どうした?」

「……いや、なんでもない」

誤魔化すように、だらしなく外に出ている静雄のシャツの裾を掴み、強引に中に入れる。

「おい、やめろって!」

「ちゃんと着なよ」

「分かったから手入れんな!」

顔を赤くして怒る静雄を見ると、不思議と心が浄化されたような気分になる。いつまでも、純粋無垢な少年のままでいてほしい。
並んで歩きながら、教室での友人達との会話を話してみた。

「友達がね、静雄のことかっこいいって言ってたよ」

「はあ!?んなことねえよ……」

「照れてる?」

「照れてねえ」

視線を泳がせているくせに照れていないとは、説得力がない。
横顔を見上げていると、また身長差が開いていることに気が付いた。男子は高校でもかなり伸びるというが、私は恐らくそろそろ止まってしまう。

「静雄、また背伸びたね」

「ん?ああ」

「じゃあ、今年の夏祭りは花火見るとき肩車してね」

「それは恥ずかしいだろ」

高校生が高校生を肩車している図を想像したのか、笑いながら静雄が少々乱暴に頭を撫でてきた。

「んじゃ、またな」

自分の教室の方へ歩いていく静雄の背中を見送り、忘れかけていたトイレへと向かった。

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