夜に綴る物語

□とりあえず、一発殴ってもいいですか?
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まさか神威の口から高杉の名前が出てくるとは思ってもみなかった。
どう言えばいいのか迷っていると、神威の手が離れた。

「何も言わないってことは、知ってるってこと?」

なんとか誤魔化そうと、慌てて言った。

「江戸じゃ有名だよ、高杉は。真撰組の敵だしね」

少し気まずくなって、私は逃げるように台所に行った。
何故だか、高杉との関係を神威に知られるのは嫌だった。理由は自分でも解らない。
そもそも、どうして神威が高杉のことを?接点なんてあるはずないのに。

「名前」

いきなり名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がった。
いつの間に来たのか、神威は私の背後に立っていた。

「……なに?どうかした?」

平静を装って、笑顔を作る。

「お風呂沸かしてあるから、先に入っていいよ。私は食器洗っちゃうか―――」

「本当のこと言ってヨ」

神威の手が、再び私の腕を掴む。

「ねえ、高杉とはどういう関係なの?俺には言えない関係?言いたくないの?」

「痛いよ神威……」

本当は痛みなんて感じない。
ただ、逃げたかった。

「なんで目を逸らすの?俺の目見てよ名前」

躊躇った後、ゆっくりと視線を上げた。
神威の目は、感情が読み取れない。なのに全てを見透かされてるような気分になる。

「名前、答えて」

その瞬間悟った。
神威に嘘はつけない。

「……わかった……」

そして気付いた。

私は神威が好きなんだ、と。
だから知られたくなかったんだ。
高杉との、過去を。

「高杉とは、一緒に育った。それで……昔、付き合ってた……」

青い瞳が揺れた。
神威の手に力が入る。

「……今でも高杉が好きなの?」

「違う!」

思わず大声を出してしまった。

「違うよ。今はなんとも思ってないし、寧ろ恨んでる。今はなんの関係もない」

きっぱりと言い切ると、神威はいつもの笑顔に戻った。

「そう、それならいいんだ。ごめんネ、驚かせちゃって」

「気にしてないからいいよ」

すると、神威の腕が延びてきて体が抱き寄せられた。

「えっ、か、神威……?」

「んー?」

「いや、んーじゃないよ!」

心拍数、体温、共に上昇。
おそらく顔は真っ赤。

「神威!ちょっと聞いてる?」

「名前……」

耳元で名前を呼ばれて、背筋にゾワリと寒気が走る。

「名前はどこにも行かないよね?」

「……は?」

行くってどこに?

「神威?」

「ごめん、やっぱり帰るヨ」

「えッ!?」

神威は私から離れてそう言った。
マントを羽織って玄関に向かってしまう。

「今日はありがとネ」

「あ、うん」

神威はクスッと笑って、またね、と言った。
あ、また来るんだ。
それだけでもかなり嬉しかったりする。

「じゃあね、名前」

「うん。事故るなよー」

「事故はないヨ、事故は」

外に出ると、神威は向かいの家の屋根まで跳んだ。
そのまま闇夜に消えていった。

まあ、その、アレだ。

「顔が熱い……」

体温を下げる為に、もう少し外にいることにした。







「随分と遅いお帰りじゃねえか。てっきり泊まりかと思ってたよ」

「あのままいたら名前を襲っちゃいそうだから帰ってきた」

マントを脱ぎ捨て、ソファに寝転んだ。

「あんたがすぐに手を出さねえなんて珍しいなぁ」

「だって……傷付けたくないしネ」

「これはこれは、すっかり惚れ込んじまったねえ」

「五月蝿い阿伏兎」

軽く睨むと、阿伏兎はすぐに目の前の書類の山に視線を戻した。
目を閉じると、微かに椿の香りがした。

またね、か……。

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