夜に綴る物語

□とりあえず、一発殴ってもいいですか?
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「名前、お腹すいた」

「はいはい。座って待ってて」

腕捲りをしながら台所に向かう。
待っててと言ったのに、マントを脱ぐと神威は私の横に来た。

「ここで見てる」

「なんで?」

「なんでって……名前の料理してる姿が見たいから」

「……そう、ですか」

視線が痛い。
冷蔵庫を開けると、神威まで横から覗いてきた。

「何作るの?」

「えーっと……麻婆豆腐食べる?」

「食べる!」

なんとなく中華なイメージがあったから、麻婆豆腐を作ることにした。
そこで、重要なことを思い出す。

「神威も大食いだったりする?」

「うん」

即答だった。
まあ、時々神楽が来るから食材は大量にあるし、慣れているから大丈夫だ。
食材を出して準備に取り掛かっていると、神威が徐ろに呟いた。

「なんだか、新婚さんみたいだネ」

動揺して、鍋を落としてしまった。激しい音が家の中に響く。

「名前大丈夫!?」

「うん……大丈夫だよ……」

暴れ回る心臓に耐えながら、落ち着け落ち着け平常心平常心と心の中で繰り返す。

「ごめんごめん。なんでもないよ」

「本当に?疲れてるんじゃない?」

「疲れてないよ。まぁちょっとした事故だから」

「そう?ならいいけど」

自分の中で繰り広げられられている葛藤に気付かれないように、平静を保ってなんとか料理を続けた。




「おかわり!」

お前これで何杯目だよ!?
その体のどこに収容されてるの!?
あなたの胃袋は、どっかの四次元ポケットですか!?

ということは口にせず、黙って茶碗にご飯を盛る。
たぶん二桁はいってるよ、この無限に続くおかわりは。

「名前、ちゃんと食べてる?少なすぎない?」

「これが一般人の食べる量だからね?」

「熾鬼はその量で体力もつの?」

「うん」

「へー」

そう言って、また食べ始める神威。
見てるだけでお腹いっぱいだ。胸焼けまでしてきた。

「やっぱ地球のご飯はおいしいネ」

「そうなんだ」

そもそも他の星に米ってあるのだろうか。
疑問に思っている間に神威は食べ終えて、身をのり出してきた。

「な、なに?」

「名前……なにか悩み事でもあるの?なんで今日はこんなに遅かったの?」

「え?」

心配してくれるのはありがたいが、立場上仕事の内容は言えない。

「言えないの?」

「うん。ごめん……」

「謝ることないよ」

「……うん」

「……」

「……」

妙な沈黙に包まれる。
空気が重い。
何か話題はないかと探してみたが、結局見つからなかった。

「片付けるね……」

「待って!」

皿を持って台所に行こうとしたら、腕を掴まれた。

「神威?」

「聞きたいことがあるんだ」

神威の目が、珍しく開いていた。
深い深い青い瞳に、吸い込まれそうになる。

「名前……」

気のせいか、私の名前を呼んだ神威の声は、少し震えていた。

「高杉っていう男……知ってる……?」

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