夜に綴る物語

□綺麗な薔薇には棘がある。ここ重要。
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「あー、暇だ」

店の三階の屋根に座って呟く。
空を見上げたら、飛行機雲が一本白い線を作っていた。
ここでずっと暮らしてきた人達のことが浮かんだ。こんなに近くに空があるのに、出たくても出られないなんて、どれほど辛いだろう。下に広がる吉原の大通りを見て、つくづくそう思った。
夜王鳳仙を銀さんが倒して、少しは生活が楽になったらしいが、自由にはなれなかった憐れな女達。
私ならこんな所にずっといるのは嫌だ。
なんてことを考えながら、昼寝体勢にはいった。
目を閉じるとぽかぽかと温かくてすぐに眠気が襲ってきた。

「なにやってるの?」

突如、顔に影ができた。
目を開けると、私を見下ろす蒼い瞳が二つ。

「あ……」

「おはよ。約束通り、会いに来たよ」

番傘をさしている神威だった。
昨夜のことが甦る。

「本当に来たんだ」

「うん。はやく会いたくて」

神威は私の隣に腰を下ろした。

「それはどうも」

「あり?なんかキャラ変わってない?」

「今は仕事中じゃないからね」

「ふーん。でもやっぱり、化粧してない方がかわいいネ」

「ありがとうございます」

起き上がって隣に座っている神威を見つめる。

「ん?なに?」

「あなた、神楽の兄貴?」

一瞬、笑顔に影ができた。

「なんだ、アイツの知り合いか。変だと思ったんだよね、君みたいな子が吉原にいるなんてさ」

「宇宙海賊春雨」

「そうだヨ」

隠すこともなく、神威はあっさりと肯定した。
鳳仙が死んでも、この街は春雨のものだということか。
神威は傘を肩にかけ、私の方を見た。

「知り合いに聞いたけど、熾鬼も似たような種族なんでしょ?」

「まあね」

「なんでこんなとこに居るの?」

「……秘密」

私は立ち上がって、着物をはたいた。

「中入る?日の光がだめなんでしょ?」

「うん」

中に入り、窓を閉める。

「ここ、君の部屋?」

「そう。適当に座って」

座布団の上に座ると、神威は興味津々な様子で部屋を見回した。と言っても、来たばかりなので何もないが。
他の遊女にもらったお菓子を出し、来客用のお茶を淹れる。

「はい、どうぞ」

「ありがと」

「で、春雨の方がここに何をしに?」

神威は湯呑を持って、少し考えてから答えた。

「偵察という名の暇潰し、かな」

「暇潰し?」

「あ、あと地球のご飯が食べたくて」

「はあ……」

仕事なのか旅行なのかよく分からない理由だ。

「じゃあ逆に訊くけど、君はどうしてここにいるの?」

「それは……」

どう答えようか迷っていると、いきなり懐に隠していた携帯電話が震えた。

「ちょっと待ってね」

立ち上がって神威に背を向け、携帯電話を開く。
土方さんからの着信だった。
周りに店の人がいないか部屋の外を確認してから、電話に出る。

「はい、名字です」

『おう、土方だ』

「何かあったんですか?」

声を低くして尋ねると、土方さんは電話の向こうで申し訳なさそうに謝った。

『昨日の今日ですまねェが……例の攘夷浪士が別の事件起こして捕まったんだわ』

「……はいッ!?」

『ほんっとにすまねェ』

「いやだって、こっちに来てまだ三日目ですよ!?ようやく昨日から店出られるようになったのに!?」

まさかの展開に、状況も忘れて大声を出す。

『悪い悪い。詫びと言ってはなんだが、お前に事情聴取させてやる。だからバレねェうちに戻ってこい』

言ってることが無茶苦茶だ土方さん。
店の方にも事情を隠して来ているのに、すぐに出ることなんてできない。私がここにいるのを知っているのは、話を通すのに協力してくれた日輪だけなのだ。

「そんなことを言われても、急に吉原を出るなんて……」

そこまで言って、神威の存在を思い出した。
振り向くと、金平糖を食べ続けている神威と目が合った。

「あ、いえ、大丈夫です。今日中に帰れると思います」

『そうか。なら、できるだけ早く頼む』

ブツリ、と一方的に通話が切られた。なんて恐ろしい上司だ。
携帯電話を懐に入れ、神威の前に正座する。

「どうかした?」

首を傾げる神威に、頭を下げる。

「神威様に、頼みたいことがあります」

「え、なに、いきなり」

携帯電話と一緒に入れておいた警察手帳を取り出し、神威の方に向けた。

「実は、わたくし、こういう者でして」

神威が目を細めて手帳を読む。

「しん、せん、ぐみ……真選組?」

「はい。ある任務でこの店に潜入捜査していたのですが、どうやら犯人が捕まったようで、今日中に吉原から出たいのです」

手帳を閉じ、畳の上に手をつく。

「こんなことを春雨の方に頼むのは警察として問題ですが、神楽のお兄さんなのでお頼みします。私を身請けしてください!できれば私のことは秘密にしたまま!それくらいしか吉原を出る方法はありません!お礼なら私がなんでもしますので!」

一気にまくしたてて、恐る恐る顔を上げる。

「成程……そういうことだったのか……」

彼は、楽しそうに笑っていた。

「分かった、いいヨ。君を身請けして、ここから出してあげる」

「本当に!?ありがとうございます!」

ほっとしていると、神威が立ち上がって私の横に来てしゃがんだ。

「はい、掴まって」

「え、ちょ……え!?」

「よいしょっと」

軽々と彼に抱え上げられる。所謂、お姫様抱っこというやつだ。
そのまま部屋を出て、廊下を抜け、階段を降りていく。何事かと店の奉公人や遊女の視線が集まる。
一階に着くと、ちょうど女将さんと主人が店の入口で立ち話をしていた。私達を見た途端、二人とも目を見開いて固まってしまった。
神威は二人の前まで来ると、私を更に強く抱き寄せた。
そして、にこやかに言った。

「ねえ、この娘俺にちょうだい」

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