夜に綴る物語

□綺麗な薔薇には棘がある。ここ重要。
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「わっちの顔に何かついておりんすか?」

ずっと見ていると、不審に思ったのか彼女が口を開いた。

「え?あぁ、違うヨ。ちょっと……ね……」

少しの隙も感じさせない、何かしようものならすぐに噛み付いてきそうな鋭い目。

「君、地球産?」

「はい?」

直球で質問を投げかけると、彼女は首をかしげた。
地球産という言い方がまずかったのだろう。

「人間かってこと」

「ああ、そのことでありんすか……確かに、わっちは人間ではございやせん」

やっぱり、と肩の力を抜いた。

「どうして分かりんした?」

いたずらっぽく微笑み、彼女は猪口に酒を注いだ。

「目が違うからさ。血に飢えた獣みたいな目してる」

正直に感じたことを言えば、酒を注いでいた手が止まった。
彼女から、笑顔が消える。

「旦那様、お名前は?」

「ん?神威だヨ」

そう答えると、椿に笑顔が戻った。

「神威様、飯のおかわりは如何致しやしょう?」

「あー、別にいいよ。それよりさ……もっとこっちに来なヨ」

腰に手を回し、彼女の体を引き寄せた。
名前通り、椿の香りがふわりと漂う。
彼女の濃い紫色の瞳が動揺して揺れた。

「あの……神威様、何か?」

「俺、君のこともっと知りたいな。地球産じゃないなら、君はなんなの?」

「……熾鬼という種族でありんす」

「熾鬼?」

聞いたことあるような無いような名前だ。
それはともかく、彼女が欲しくなってきた。彼女には、必ず何か裏がある。

「椿ってさ、今日が初めてなんだよね?」

「ええ」

「なら、俺以外の客のとこ行かないでね」

「しかし……」

「ネ?いいでしょ?」

「そうは言われても、わっちが決められることではありやせん」

「大丈夫大丈夫。俺から女将に話つけとくから」

彼女は着物の袖で口元を隠し、目を逸らした。

「しかし神威様、わっちはただの女郎。一人の旦那様に付くことはできんせん」

「あー、そっか。それもそうだネ」

何かいい案はないかと頭を回転させる。
そして、ふと窓の外を見ていいことを思いついた。

「じゃあさ、昼間に会いに来るヨ!営業前の時間なら大丈夫!」

「……はい?」







「……はい?」

この人は何を言っているんだろう。

「だから、昼に会いに行くって。客としてじゃなくてさ。それならいいでしょ?」

昼間ってありなのか?いや、夜来られても困るが。
最初は半信半疑だったが、名前を聞いて確信した。
この人は、神楽の兄の神威だ。つまり、宇宙海賊春雨の一人。銀さん達から話は聞いていたが、確かに危なそうな人だ。

「椿?」

頭の中でいろんなことを考えてたら、いつのまにか顔が接近していた。
手首を掴まれて、さらに引っ張られる。

「神威様、そんなことしようもんなら、女将さんに怒られちまいやす……」

「大丈夫大丈夫。ここいるやつらは、俺の言うことはなんでも聞くから」

いやいやいやいや!あんた何様だよ!
てか、そんなことされたら、仕事できないから!この人マジで危ないって!てか近い近い!笑ってるよこの人!

頭の中はパニックに陥っているが、顔には出さないようにしてどうにかはなれようと試みる。

「逃げないでヨ。返事くれるまで離さないから」

逆効果だった。
更に近付いてくる顔に、混乱する。

「やっぱ君強いね。俺が今どれくらいの力入れてるか分かる?」

「え!?」

「普通の人間なら、手首の骨砕けてるヨ?」

何気なく言われたその言葉に、背筋に寒気が走った。
本気でこの人頭イカレてるんじゃないのか。

「神威様!離してくなんし!」

「返事は?ねー早く」

徐々に骨が悲鳴をあげてきた。
これ以上は本当に危ない。

「分かりましたから!だから離してください!」

「そう、いい子だね」

頷けば、あっさりと手が離された。思わず元の口調に戻ってしまったが、当の本人は上機嫌な様子で気付いていない。
遊女の皆様、私この仕事なめてました、ごめんなさい。

「じゃあ、近いうちにまた来るネ」

「……はい」

「あと……」

油断していたら、急に抱きかかえられた。
いきなりのことで戸惑っていると、そっと頬を撫でられた。

「君はさ、あんまり化粧しない方がかわいいと思うヨ」

「え……」

今までとは違う柔らかい笑顔を見て、心臓が跳ね上がった。
時間が止まったかのように、互いに見つめ合う。
どれくらいこの状態のまま時間が過ぎたのだろうか。

「帰る」

「……はい?」

「用事、思い出した」

彼は短くそれだけ言い、私を降ろした。
呆然としている間に、彼はマントを羽織って部屋を出ていった。
残された私はどうすればいいのだろう。

「銀さんヘルプ……」

私の小さな呟きは、店の喧騒にかき消されていった。







「阿伏兎!」

滞在している部屋の障子を開けると、窓の側で酒を飲んでいた阿伏兎が顔を上げた。

「あ?もういいのかよ団長。……てかなんでそんなに機嫌がいいんだ?」

猪口を盆の上に置き、阿伏兎は不思議そうに尋ねてきた。
マントを脱いで、阿伏兎の前に座る。

「さっきおもしろい子見つけた」

「おもしろい子?」

「うん。熾鬼っていう種族知ってる?どっかで聞いたことあるような気がしたんだけど」

「熾鬼だと!?」

阿伏兎がいきなり声を荒らげた。

「うん熾鬼。知ってるの?」

「当たり前だ。熾鬼っていうと、夜兎と同じくらい有名な殺し屋の種族だぞ!」

「あり?そうなの?」

「絶滅したと思ってたが、生きていたとはな」

阿伏兎は胡座をかいている膝の上に手を置き、熾鬼について熱く語り出した。

「もともと、夜兎と熾鬼は同じ種族だったんだが、それぞれが違う変化を遂げたんだ。特長はほとんど一緒だが、あいつらは日の光を浴びても平気なのさ」

「ふーん。で、強いの?」

「たりめーだ。でも、どうして熾鬼が吉原に居るんだ?」

「さぁ?明日聞いてくる」

阿伏兎の酒を奪って、一口飲む。
窓の外に視線を移し、空に浮かぶ細い三日月を眺めた。

「ほんとに嬉しそうだな……」

「あはは、そう?」

阿伏兎はもう一度溜息をつき、再び酒を煽った。

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