夜に綴る物語

□何度喧嘩しようがじいさんばあさんになった時に笑っていられるなら幸せってもんだ
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刀と傘が、名前を挟み撃ちにする。自分が傷付くことも厭わないのか、名前は素手で刀身と傘の銃口を掴んだ。

「名前!正気に戻るアル!」

「名前さん!そんな力に貴女が負ける筈ないでしょう!」

名前の手から流れ出た血が、刀身を伝って柄から落ちた。必死の訴えも虚しく、名前が手を捻っただけで、2人は遠くまで吹き飛ばされた。
短時間ではあったが、背中から滑るように飛んで行ったバカと眼鏡くんには感謝をしないといけない。お陰で体勢を立て直すことができた。

「名前、こっちだヨ」

傘は半分が砕けていて使い物にならない。ここからは素手での勝負だ。幸い内臓は無事なようだが、まだ脇腹からは血が流れ続けている。圧倒的に不利だ。
名前の的が、此方に絞られた。覚束無い足取りで、ゆっくりと振り向く。
遠くの方から、サイレンの音が聞こえてきた。真選組か見廻組の応援が来たのだろう。もう、あまり時間がない。

「ほら、おいでよ」

誘いに乗ったように、名前は此方に向かってきた。大丈夫だ。さっきよりもちゃんと見える。跳びながらの回し蹴りを躱し、引っ込みかけた名前の右足首を掴んだ。捻って逃げようとする力とは反対側に、全力で投げる。再び土手へと背中から吹っ飛んだ名前を追い掛け、起き上がる前に馬乗りになって押さえ付けた。
体重を掛けて暴れる手足を押さえ、ここからどうしようかとまた頭を回転させる。骨折させたところで、名前のことだからすぐに治る。この調子じゃ捕まえて船まで運ぶのは無理だ。
ふと、気絶をさせられないかと思いつき、ごめんと心の中で呟いて思いっきり頭突きをした。額に激痛が走り、脳が中で揺れたような気がした。しかし、効果はあったようで、名前の手足から力が抜けた。瞳が揺れて、何かを訴えるように唇が震えている。

「か……むい……」

搾り出すような声が聞こえた。

「うん、そうだよ。ここにいるよ」

そう答えると、安心したように名前の表情が穏やかになった。が、次に聞こえてきた言葉に、息が詰まった。

「こ……して……ころ……して……」

名前の目尻から、雨にまじって涙がこぼれ落ちた。
覚悟していた筈なのに、いざ名前を目の前にすると体が動かない。殺してくれと頼む言葉とは逆に、身体の方は力が戻りつつある。徐々に抵抗力が増している手足を押さえつけ、名前の胸を見下ろした。
まだ今なら、腕を離しても心臓を一突きするだけの隙はある。頭では分かっていても、体が動かない。
名前の顔に視線を戻すと、しっかりと目が合った。時間が止まったように、世界から音が消えたような気がした。ああ、俺に名前を殺すことなんてできない、と悟る。押さえつけていた腕から力が抜けた。
その一瞬で、形勢が逆転した。すり抜けるように動いた名前の手が、押し飛ばすように胸を突く。受け身の体勢をとる暇もなく、宙に浮いたかと思えばいつの間にか川の中に浸かっていた。
やる気というものが根こそぎどっかに行ってしまったようだ。立ち上がって近づいてくる名前を見ても、動く気力が湧いてこない。
このまま名前に殺されるのもいいかな、なんて思い始めていると、視界の隅から2つの影が飛び込んできた。

「てりゃアアアアア‼」

「うおオオオオオ‼」

またあの2人だ。敵いっこないのに、何度躱されても何度吹き飛ばされても、立ち上がって名前に向かって行く。

「おいそこの三編み」

橋の下から、ボロボロの侍が足を引きずりながら出てきた。

「なに諦めてやがんでィ。名前を止められんのは、アンタぐれェだろ」

あちこち傷だらけのくせに、そいつはまだ刀を握っていた。

「ぼさっとしてっと、名前をもらっちまいやすぜ」

「は?」

「こちとらずっと片思いしてたんだ。このまま攫って逃げちまおうと思ってたのに、アンタのせいで計画ぶち壊しでさァ」

橋の柱に寄り掛かりながら、そいつは頭から伝い落ちる血を拭った。

「もうすぐ見廻組が来る。さっさと名前連れて宇宙でもどこでも逃げな」

「……言われなくても、最初からそのつもりだよ」

闘争心に駆られて、家出していたやる気が戻って来たようだ。そしてタイミング良く、シンスケの船が飛んでくるのが見えた。
水の中から立ち上がり、ちょうどこっちに飛んできた神楽の服の襟首を掴まえた。

「神威!何するネ!」

ぶら下がったまま暴れる神楽の手から、傘を奪う。

「これ借りるよ」

更に吹っ飛んできた眼鏡くんも、神楽を落としてキャッチする。驚いたように見上げてくる2人から、名前に視線を移した。

「これは休憩させてもらったお礼だよ。後は俺がやる」

肩を回し、気合いを入れ直す。
深呼吸をして、止めていた足を動かした。

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