夜に綴る物語

□散るときは潔く
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痛い。どこが?手首と、それから頭も。なんで?暗い。夜?冷たい。

「おい、起きろ」

この声、知ってる。

「……土方、さん……?」

「大丈夫か?」

目を開けると、横向きの土方さんが見えた。
いや、私が横になっているだけか。
重い体を起こすと、ジャラリと金属の音がした。見れば、手枷がつけられており、そこから背後の壁に鎖が伸びている。
上の方にある窓の外からは月がみえる。気を失って数時間といったところか。
またあの薬を吸ったせいか、体に力が入らず頭は靄がかかっているようだ。

「総悟は?総悟は大丈夫なんですか?」

「自分の心配より他人の心配か。まあ、その調子ならお前は大丈夫なようだな」

土方さんは溜息をつき、横の石壁に背中をつけて足を組んだ。

「総悟は謹慎処分をくらって屯所にいる。特に怪我はないが、大層御立腹だ」

「そう、ですか……」

謹慎処分で済んだのなら良かった。
土方さんは私が尋ねるよりも先に、今の状況の説明を始めた。

「お前に逮捕状が出た。上から屯所に知らせが入った途端、アイツすぐに飛び出してな。まったく、変なとこで向こう見ずになるのは勘弁してほしいぜ。悪いな、これも仕事だ」

「はい、分かってます。……で、どうして私が?」

土方さんの目が、鋭く細められた。

「今日の昼頃、老中の一人が自宅で遺体となって見つかった。その罪がお前にかかっている。ついでに、反逆罪もな」

「……え?」

ただでさえ上手く頭が働かないのに、いきなりそんなこと言われても困る。

「ちょっと待ってくださいよ!なんで私が人を殺さなきゃいけないんですか!?しかも、反逆罪って……」

「いいから落ち着け」

土方さんは周囲に視線を向け、誰もいないことを確認すると小声で続きを口にした。

「恐らく、天導衆の罠だ。将軍もかなりお怒りでな、今天導衆と交渉中らしい。奴らからしたら、お前みたいな頭がキレて力のある女が将軍家に入るのが迷惑なんだろうな。自分達の思うように政治が動かせなくなる」

「だから、私を消すっていうことですか……?」

「はっきり言うとその通りだ。初めてなんだよ、将軍が自分で正室を指名したのは。それが気にくわなかったんだろ」

やっと糸が繋がった。
つまり、私が将軍家に入るのを良く思わない連中がいるらしい。
だからといって、ここまでするとは。

「明日、事情聴取が行われる。真撰組は外されてるから、その間味方はいねェ。何を言われても知らねェで突き通せ。お前が時間をとってくれれば、俺達もその分動けるからな。あとは、将軍がどこまで天導衆に逆らえるかだ」

「上様が……」

今までお飾りでしかなかった将軍が、自分の意思で天導衆に逆らおうとしている。もしそのせいで将軍に何かあったらと思うと、背筋に寒気が走った。
私は甘く見すぎていたんだ。
土方さんは壁から背を離し、しゃがんで私に視線を合わせた。

「つらいと思うが、今は耐えろ。必ず俺達がここから連れ出してやる」

「……はい」

土方さんはそう言ってくれたが、私は分かっている。天導衆に目をつけられた者が解放されることはないということを……。
天導衆が黒と言えば、白でも黒になる。あることないこと突き付けられ、言葉の隙に入り込まれ、じわじわと追いつめられていくのだ。

「お前の刀はうちで預かってる。……絶対に、帰ってこい」

帰ってこい。
その言葉に、胸が熱くなった。
誰かが近づいてくる足音がして、土方さんが立ち上がった。じゃあな、と言って、土方さんの背中が遠退いていく。
替わりにやって来たのは、見廻組の信女ちゃんだった。
意外すぎる人物の登場に、さっきまでの空気が払拭された。

「信女ちゃん?」

信女ちゃんは何も言わずしゃがむと、持っていた白い箱を下に置いて開けた。そして、無言のまま中からドーナツを取り出し、鉄格子の間に手を入れて腕を此方に延ばした。
目の前のドーナツと信女ちゃんを交互に見て、ようやく意図を理解する。

「くれるの?」

訊いてみると、信女ちゃんはこくりと頷いた。
ありがとうと言って、ドーナツを受けとる。
信女ちゃんは箱を閉じ、立ち上がった。

「ポンテリングは私のだから」

そう一言告げ、信女ちゃんは去っていった。
訳すと、ポンテリングは私が食べるけど別のドーナツならあげてもいい、ということだろうか。
相変わらず感情は読めないが、時々見せる優しい一面に笑みがこぼれた。
もう一度ありがとうと呟き、ドーナツを一口かじった。

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