夜に綴る物語

□いざ結婚ってなると準備が面倒くさい
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「これ、なんで……」

「こっちに戻ってくる時、あの小娘に渡された。どうやら、元々お前とアイツを別れさせることが目的だったらしいな」

「え……?」

必死で否定していた神威の姿が甦る。
私が固まっていると、晋助が私の手をとって結い紐を掌に乗せた。
神威の言っていたことは、本当だったんだ。どうして信じなかったんだろう。

「はは……あんな手に、引っ掛かるなんてね……」

乾いた笑いが漏れる。
開いていた掌に、水滴が落ちた。
最低だ、私。

「おい、泣くな」

「だって、私、神威に……」

「過ぎちまったことはしょうがねェ。重要なのは、これからどうするかだ」

晋助はそう言ったが、もう遅い。
今更将軍のとの婚姻を断ることなんてできない。

「晋助……」

受け取った結い紐を、晋助に差し出した。
晋助は私と結い紐を交互に見て、どういうつもりだ、と低く言った。

「これ、神威に渡してほしいの。私はもう、会えないと思うから……持っててって言っておいて」

晋助はなんの反応もせず、笠を被りなおした。

「それはできねェ。渡したいんなら、自分で渡すんだな」

「でも――」

「お前、本気で将軍に嫁ぎたいのか?」

晋助の突然の質問に、私はすぐに答えることができなかった。
心の奥まで見透かすように、晋助が目を細める。

「俺は、将軍の正室にするためにお前のことを諦めたわけじゃねェ」

「え……?」

次の瞬間、隊服の襟を掴まれ、グッと引き寄せられた。視界いっぱいに晋助の顔が映り、唇が触れるか触れないかのギリギリのところまで近づいている。
驚きすぎて、心臓が早鐘を打つ。
晋助は楽しそうに口角を上げ、手を放して離れていった。

「自分に相応しい居場所を考えるんだな」

まだ言葉が出ない私にそう言い残し、晋助は元来た道を引き返していった。
さきほどの衝撃で、涙は引っ込んでしまった。もしかしたら、それが目的だったのかもしれない。

「ありがとう……」

結い紐を握り締めて、小さく呟いた。
細い路地裏から空を見上げれば、どこかの星の宇宙船が横切っていった。

やっぱり、私は神威が好きだ。
嫌いになることなんてできない。

それでも、私は――この意思を変えるつもりはない。

神威は、今でも私のことを好きでいてくれている。それだけで十分だ。
私は私のやり方で、この国を守る。
侍としても、一人の女としても。

『名前、日本一強い女性になるのですよ』

嘗て松陽先生に言われた言葉が浮かんだ。

松陽先生、私は貴方が望んでいたような女性になれていますか?

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