夜に綴る物語

□人生でモテ期が来るのは一部の人間だけだから!
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「名前ー。おーい。聞こえてやすかー?」

顔の前で総悟が手を振るが、反応する気力もない。
暫くすると、総悟も諦めて隣で横になった。

将軍に突然のプロポーズをされてから2日。
正直、驚きすぎてそのあとのことは断片的にしか覚えていない。姫様がお祝いだと称して宴会を開いてくれたり、帰りも籠で送ってもらったことは、なんとなく記憶している。
しかも厄介なことに、将軍はプロポーズのことを近藤さんや土方さんに教えていたのだ。そう、従者の人が渡していた例の紙である。
返事はすぐに出さなくてもいいと将軍は言っていたが、土方さん曰く、今まで将軍のプロポーズを断った人はいないらしい。
そりゃあそうだ。
将軍の正室になるなんて、日本一のサクセスストーリーだ。
断るなんて有り得ない、というのが世間一般の考えだろう。
しかし、私には神威という婚約者がいる。
神威に出会う前の私だったらすぐにOKしていただろうが、今は話が違う。

どうしよう。
本当にどうしよう。

「いやー、真撰組から正室が出るとは、めでたいなァ!」

「近藤さん!まだ決まってねぇから!」

背後から、そんな声が聞こえた。

「名字」

土方さんに呼ばれて振り返る。
土方さんは煙草を取り出して火を点けた。

「今日はもう帰っていいぞ。特に任務もねェし、3日間ほど休んで、よく考えろ」

「……はい」

屯所にいても邪魔になるだけなので、土方さんのお言葉に甘えて、帰ることにした。

「お先に失礼します」

それだけ言って、フラフラと屯所を出た。

そのまま家に帰る気もせず、歌舞伎町を歩いて回った。
将軍家に入れば、確かにいい生活はできるだろうけど、自由に出歩くことはできなくなる。
勿論神威とも別れなくてはいけない。
それでも、そんなに簡単にこの話を断ることができないのも分かっている。

神威は今頃、宇宙のどこにいるのだろう……。

そう思うと、自然と足が吉原の方に向いていた。
一度、日輪に相談してみよう。彼女なら、何か助言をくれる筈だ。







「何か悩み事かい?」

お茶を出してくれた日輪が、まだ何も言っていないのにそう言った。
神威と初めて出会った吉原で一番大きな店を見上げ、これまでのことを日輪に全て話した。
日輪は最後まで聞くと、そうだったのかい、と言って、空を見上げた。

「将軍様にねえ……。確かにいい話だろうけど、あんたには酷なことだね」

「ほんと、どうすればいいんだろ……」

呟けば、日輪が車イスを私の方に向けた。

「あんたはどうしたいんだい?夜兎の青年を捨てて御代様になるのか、国を捨てて夜兎の青年と一緒になるのか、あんたはどうしたいのさ?」

「私は……」

指輪を指先で撫でる。
きっと、将軍を選んだとしても、私は一生神威のことを忘れられないだろう。将軍のことを、神威と同じように愛することなんてできない。

「どちらにせよ、何かを捨てなくてはいけないよ。今回ばかりは、あんたが一人で決めるんだね」

日輪が、お盆を持って店の奥に入っていった。

「なんじゃ、シケた面をして」

下を向いていると、頭上から声が降ってきた。
顔を上げれば、月詠が立っていた。

「月詠……」

「何があったかは知らんが、主らしくないぞ」

「……そうだね」

月詠は私の隣に座り、煙管を吸って紫煙を吐き出した。

「……ねえ、月詠」

例の店を眺めながら、口を開く。

「あの店に行きたいんだけど」

月詠が、私の視線の先に目を移す。
月詠は暫く考えてから立ち上がった。

「営業時間まで時間がある。連れて行ってやろう」

「ありがとう」

お茶を飲み干し、店の奥の棚まで持って行く。
ちょうど、月詠が出てきた。

「おや、もう行くのかい?」

「うん。一度、原点に戻ってみる。ありがとう、月詠」

「あたしは何もしていないよ。気をつけてお行き」

「じゃあ、またね」

店を出て、月詠を追い掛ける。
すると、後ろから日輪が出てきた。

「名前」

足を止めて、振り向く。

「後悔だけは、するんじゃないよ」

「……うん」

日輪の力強い声に、涙が出そうになった。
お腹に力を入れて我慢し、笑顔を浮かべる。
日輪に頭を下げ、待ってくれている月詠の元へ向かった。

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