夜に綴る物語

□王道展開でもいいじゃない
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朝から、約10人前の朝食を作ってから布団を洗濯して庭に干す、という重労働を成し遂げた。
既に疲れたのだが、今日は大切な用があるため、いつまでもゆっくりしていられない。

「ってことで、そろそろ行くよ」

「んー」

畳に大の字になった神威が、頭を縁側の方に向けた。
確かに夜兎からすれば、日本の真夏の日射しはきついかもしれない。

「どうする?留守番しとく?」

「いや、行くヨ」

反動をつけて飛び起きた神威が、スタスタと玄関に向かっていく。
私も急いで戸締まりをして、神威を追った。





金属音が、力強く聞こえてきた。

「かたな、かじ?」

「うん」

店に掲げられている看板を見上げ、神威が首を傾げた。

「私、刀を新しいやつに変えてもらうの。完成したから取りに来てって言われてたんだ」

「へえ」

刀という単語を出すと、頭のアンテナがピョコピョコと揺れた。

「どうする?すぐ終わるけど入る?」

「いや、ここら辺を散歩しながら待ってるよ」

「分かった」

神威を見送ってから、番傘を閉じて店の中に足を踏み入れた。
中では、大きな金槌を持った鉄子が、赤く熱せられた鉄の塊を叩いていた。

「てーつこー!」

金属音に負けないように声を張り上げると、鉄子が私の存在に気付いた。

「ああ、来たか」

鉄を釜に戻した鉄子が、手拭いで額の汗を拭った。

「あたしの自信作ができたぞ」

鉄子は得意気に笑い、壁際に並んで立てられていた刀の一本を手に取った。
黒塗りの鞘は光を跳ね返し、鐔には私の要望通り椿の花が彫られている。
受け取って鞘から抜いてみると、鈍く光る刀身と波打つような刃文が現れた。

「銘は“冬華幻”だ」

「冬華幻……。すごく綺麗。ありがとう、鉄子」

「どういたしまして」

早速腰につけ、左手で柄を撫でる。
しっかりと手に馴染んで、早くも体の一部になったようだ。

「これで、明日から仕事頑張るね」

「大切にしてやってくれ」

「勿論」

冬華幻、と心の中でもう一度呟いた。





嫌でも目立つ紫の番傘が、呉服屋の店先で回っていた。

「神威、お待たせ」

「あ、早かったネ」

神威は店の前の棚で売られている簪を見ている。

「よくこんなの作れるね。すごく細かい」

「日本人は手先が器用なんだよ」

「ふーん……」

顔を上げると、鮮やかな浴衣と着流しが目に入った。
小さな女の子が、母親と一緒に真剣に選んでいる。

「そっか……今日って夏祭りだ」

「え?」

神威の来訪ですっかり頭から抜けていたが、今夜は夏祭りだ。

「夏祭り?」

「うん。行きたい?」

「行きたい」

神威は即答した。
こういうところは子供っぽいなあ、と密かに笑う。

「じゃあ、着流し買おっか」


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