夜に綴る物語
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薄暗い照明と、甘い香の匂いが立ち込めている店内。
「新人の薫です。よろしくお願いします」
「おお、今回の娘はまた一段とかわいいねえ」
名刺を差し出すと体を近づけてきた金持ちそうな中年の男に、名前が心の中で悲鳴をあげる。
厭らしく太ももを触る男を殴りたくなる衝動を抑え、無理矢理にでも笑みを浮かべた。
「お仕事は何をされてるんですかぁ?」
「まあ、会社の経営をちょっとね」
「社長さんなんですか?すごぉい!」
猫撫で声を出すと、耳に入れている小型のイヤホンから、土方の笑う声が聞こえてきた。
『意外とノリノリじゃねえか』
――誰がノリノリだコノヤロー。
声にならないツッコミをし、名前はウイスキーの入ったグラスを客に手渡した。
「どうぞ」
「お、ありがとうね」
客が飲んでいる隙に、名前は店内を見渡した。
今のところ幹部が来る気配はなく、ただのキャバクラにしか見えない。
しかし、普通の人間なら見落としてしまうような場所に、異常なまでに監視カメラが仕掛けられている。
――見るからに怪しい……。
名前は視線を移し、店の奥にあるドアを見た。
所謂VIPルームというもので、幹部はその奥の部屋に集まるらしい。そこに入れるのは限られた人間のみだ。
名前は元の営業用スマイルに戻り、客にそれを向けた。
♂♀
朝日がすっかり昇った頃、名前はようやく仕事を終えて店を出た。
少し離れた駐車場に停められていた真撰組の車に乗り、深い溜息をつく。
「疲れた……」
「ご苦労さん」
運転席に座っていた土方が、車を発進させる。
「あー、化粧気持ち悪い」
「だろうな。見慣れてねえから違和感ありまくりだ。で、初日はどうだった?」
「一通り、店内は確認しました」
バッグからクレンジングオイルとコットンを取り出し、名前は耳からイヤホンを抜いた。
「監視カメラは、私が確認できた分で38個。店員の控室や廊下にもありました」
「多いな。それじゃあ、ろくに動けねェ」
「大丈夫です。オーナー組の接待を頼むかもしれないってママに言われたんで、覗く必要はなくなりますよ」
「初日からやるな、お前」
名前の働きぶりに感心し、土方は満足げに笑った。
「正直心配してはいたが、やっぱりお前、警察に向いてるな」
「うわ、土方さんに褒められた」
「なんでちょっと嫌そうなんだよ!」
「いや、珍しいことなんで、つい」
化粧を落とした名前は、黒い窓ガラスの外を眺めて嬉しそうに微笑んだ。
「私も、今そう思ってます」
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