夜に綴る物語

□04
2ページ/4ページ



薄暗い照明と、甘い香の匂いが立ち込めている店内。

「新人の薫です。よろしくお願いします」

「おお、今回の娘はまた一段とかわいいねえ」

名刺を差し出すと体を近づけてきた金持ちそうな中年の男に、名前が心の中で悲鳴をあげる。
厭らしく太ももを触る男を殴りたくなる衝動を抑え、無理矢理にでも笑みを浮かべた。

「お仕事は何をされてるんですかぁ?」

「まあ、会社の経営をちょっとね」

「社長さんなんですか?すごぉい!」

猫撫で声を出すと、耳に入れている小型のイヤホンから、土方の笑う声が聞こえてきた。

『意外とノリノリじゃねえか』

――誰がノリノリだコノヤロー。

声にならないツッコミをし、名前はウイスキーの入ったグラスを客に手渡した。

「どうぞ」

「お、ありがとうね」

客が飲んでいる隙に、名前は店内を見渡した。
今のところ幹部が来る気配はなく、ただのキャバクラにしか見えない。
しかし、普通の人間なら見落としてしまうような場所に、異常なまでに監視カメラが仕掛けられている。

――見るからに怪しい……。

名前は視線を移し、店の奥にあるドアを見た。
所謂VIPルームというもので、幹部はその奥の部屋に集まるらしい。そこに入れるのは限られた人間のみだ。
名前は元の営業用スマイルに戻り、客にそれを向けた。



♂♀




朝日がすっかり昇った頃、名前はようやく仕事を終えて店を出た。
少し離れた駐車場に停められていた真撰組の車に乗り、深い溜息をつく。

「疲れた……」

「ご苦労さん」

運転席に座っていた土方が、車を発進させる。

「あー、化粧気持ち悪い」

「だろうな。見慣れてねえから違和感ありまくりだ。で、初日はどうだった?」

「一通り、店内は確認しました」

バッグからクレンジングオイルとコットンを取り出し、名前は耳からイヤホンを抜いた。

「監視カメラは、私が確認できた分で38個。店員の控室や廊下にもありました」

「多いな。それじゃあ、ろくに動けねェ」

「大丈夫です。オーナー組の接待を頼むかもしれないってママに言われたんで、覗く必要はなくなりますよ」

「初日からやるな、お前」

名前の働きぶりに感心し、土方は満足げに笑った。

「正直心配してはいたが、やっぱりお前、警察に向いてるな」

「うわ、土方さんに褒められた」

「なんでちょっと嫌そうなんだよ!」

「いや、珍しいことなんで、つい」

化粧を落とした名前は、黒い窓ガラスの外を眺めて嬉しそうに微笑んだ。

「私も、今そう思ってます」


,
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ