夜に綴る物語
□切っても切れないのが腐れ縁
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カツカツと、他人の足音が静寂を破った。
「よお」
顔を上げると、逆光で顔が影になっている高杉が、鉄格子の前に立っていた。
「やあ。その様子だと、名前は無事みたいだネ」
「ああ。どうだ?牢屋の居心地は」
「別に。まあ、ちょっと窮屈かな」
手枷と足枷を見下ろし、肩をすくめる。
死が近付いているというのに、不思議と恐怖はなかった。
「名前は……今どうしてる?」
「さあな。昨日は結構激しくヤったから、まだ寝てるかもな」
一瞬心臓を鷲掴みにされたように体が強張ったが、口だけ動かして、そっかと返した。
名前のことは好きにしていいと言ったのは俺だし、今更怒るのはおかしい。それでも、やっぱりダメージは大きい。
「なんだ、テメェのことだからすぐに殴りかかってくると思ったんだがな」
だが、高杉の口振りから嘘だと気付いた。
安堵して肺の中の息を吐き出し、いつもの笑みを顔に貼り付ける。
「なに?殴られたかったの?」
「いいや」
高杉は鉄格子に背を向けて凭れ、クツクツと喉の奥で笑った。
「流石に、これ以上嫌われるような事はしねェよ。まだお前に未練タラタラだしな」
「…………」
それは嬉しいことだけど、今となっては複雑な気分だ。できれば、早く俺のことなんか忘れて普通の生活に戻ってもらいたい。
「まあ、名前にはよろしく言っておいてヨ。どうせもう会えないしさ」
「分かった。じゃあな」
最後に俺を一瞥して、高杉は遠ざかって行った。
足音が聞こえなくなってから、ギリッと奥歯を噛み締める。
――会いたいなあ……。
死ぬのは怖くない。
怖くないけど、名前に会えなくなるのはツラい。
もう一度出逢った瞬間からやり直せるのなら、俺は迷わず、名前を連れて逃げ出すだろう。
初めて後悔というものをした気がする。
「情けないなあ……」
小さな小さな呟きは、冷たい鉄の空間に消えていった。
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