夜に綴る物語
□好きは現在進行形です
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「え、客?」
「うん」
この船まで客が来るなんて初めてだ。
神威の髪を梳きながら、鏡越しに目を合わす。
「春雨の人?」
「いや、取引先の人」
「へえ」
オレンジ色の髪を三つに分け編んでいくと、神威は気持ちよさそうに目を閉じた。
「名前も一緒に来てネ」
「でも仕事の邪魔しちゃ悪いし……」
「いいからいいから」
よくそんなに適当なのに団長なんて務まってるな、と内心苦笑する。
「はい、できたよ」
「ありがと」
「どういたしまして」
梳を置くと、サッと神威がそれを取った。引き出しから私がいつも使っている結い紐を取りだし、笑顔で振り向く。
「お礼に今日は俺が結ってあげるよ」
「じゃあよろしくお願いしまーす」
神威と交代にイスに座ると、早速髪に梳が通された。
優しい手つきが気持ちよくて、自然と目を瞑ってしまう。
「名前の髪って、いい匂いするよね。椿っていう花なんでしょ?」
「うん。私が一番好きな花なの」
「どんな花?」
「紅色と白色があるんだけど、私は紅色の方が好きかな。何枚も花弁が重なっててね、寒いのに冬に咲くの。真っ白な雪景色の中に咲いてるのが、すっごく綺麗なんだよ。でも一番いいのは散る時」
散る時?と、神威が一旦手を止めて尋ねてきた。小さく頷いて言葉を続ける。
「椿はね、散る時は花ごとポトッて落ちちゃうの。花ってさ、咲いてる間は綺麗だけど散る時は色が変わっちゃったりして汚くなるでしょ?でも、椿は綺麗な姿のままで落ちるの。その潔さが武士に似てて好き」
「そうなんだ。名前らしいネ。……はい、完成」
ぽんっと肩を叩かれて目を開ける。
ありがとうと言おうとしたら、いきなり後ろから神威が抱きついてきた。
「ちょ、神威?」
「んー」
子供みたいだと笑いながら、胸の前に来ている神威の手に自分の手を重ねた。
白くてしなやかな手は男とは思えないくらいに綺麗で、戦闘時には武器となることが信じられない。それでも私より大きいし温かくて、包まれていると安心する。
「神威」
名前を呼ぶと、私の肩に頭を乗せたまま顔を上げた。
鏡の向こうで神威が微笑む。
「名前、好きだヨ」
「……うん」
ゾワリと背中に寒気が走る。
嬉しい筈の言葉なのに、何故か嫌な予感がした。
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