宵闇に隠れし君の心

□峰
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閻魔殿に戻ると、一子と二子は早速紙袋の中身を出してファッションショーを初めた。表情はあまり変わらないが、女性の獄卒達からかわいいかわいいと言われ、少し得意気に見える。

「嬉しそうだねえ」

腰を摩りながらも、白澤も満足気に笑っている。

「……ねえ白澤、ご飯、食べに行こっか」

荷物持ちをさせてしまったお礼にと提案すると、白澤が顔を輝かせた。

「いいの!?行く!」

万歳をし始めそうな勢いで喜ぶ姿に、心臓が縮こまった。

「準備してくるから、ちょっと待ってて」

「うん!待ってる!」

嬉しそうに一子と二子に絡み始めた白澤を置いて、私室に戻った。

箪笥を開け、ほとんど着たことがないかわいらしい花柄の着物を取り出す。義理の母があれこれと仕立ててくれたが、着ないまま何十年も経ってしまった。黒い着物を脱ぎ、薄紅色の着物に袖を通す。髪も結い直し、一度も使ったことがなかったあの簪を挿した。
これが最後だと、鏡の向こうの自分に言い聞かせる。
今夜で、すべて終わらせる。
気合いを入れるため両頬を叩き、鏡に布をかけた。

部屋から出ると、廊下の先の方を白澤がふらふらと歩いているのが見えた。私を見つけた目が、驚きの色に染まる。

「名前ちゃん!?どうしたのその格好!?」

頭の先から足の爪先まで、白澤が何度も視線を往復させる。

「一子と二子見てたら、私もお洒落したくなっちゃって。なんか変な感じがするけど」

「そんなことないよ!」

すごい勢いで手をとられ、すりすりと撫でられる。

「すっごく似合ってる!かわいいよ!」

すっかり鼻の下を伸ばしている白澤は、ショッピングでの疲れが吹き飛んだように、意気揚々と歩きだした。

「今日はどこ行こうか?名前ちゃんは何食べたい?あ、せっかくだから奮発しちゃおう!」

「いつもの居酒屋でいいのに」

「駄目だよ!せっかくお洒落してくれてるんだから、お洒落なお店行っちゃおう!」

そうだね、と答えてみたが、少し考えてから前言撤回した。

「やっぱり、いつもの所がいい」

「そう?名前ちゃんがそう言うなら、それでいいよ」

じゃあ行こう、と手を引かれ、夜の街に繰り出した。

いつも通りでいい。最初で最後なんて、体験したくない。いつもと同じ店で、いつもと同じ料理を食べて、いつものように酔っていく白澤を見られれば、それでいい。
ちゃんと笑えているだろうか。返事はおかしくないだろうか。ちゃんといつも通り振る舞えているだろうか。
この簪、白澤がくれたんだよ。気付いてくれてる?私は白澤の中では何番目なのかな。きっと白澤は女の子に順位なんて付けてないだろうけど。私は、1番になりたかったよ。白澤は私の本当の気持ち知ってた?口では遊びだなんて強がってたけど、本当は遊びなんかじゃなかったんだよ。他の女の子の所になんて行ってほしくなかったよ。どこにも行かないで、私だけを見てって言いたかった。でも、一緒にいたいからずっと我慢してたんだよ。重い女になりたくなかった。でも、その他大勢とは一緒にしてほしくなかった。今日一日、家族になれたみたいで嬉しかった。夢みたいだった。現実になればいいのにって思った。好きな人と結婚して、子供を産んで、ちゃんと自分の家族を持つのが夢だったんだよ。我儘は言わないから、せめてこれからも白澤の傍にいたい。1番がいいなんて言わないから、女の子の中の1人でもいいから、一緒にいたい。好きでもない人と結婚して、白澤のことが忘れられないのにいい奥さんを演じるなんて嫌だよ。ねえ、結婚するって言ったら、白澤は止めてくれる?
今にも溢れ出してしまいそうな言葉達を、酒で喉の奥に押し込んだ。

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