宵闇に隠れし君の心
□峰
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「よし……」
すっかり物が減った机の上を見て、一息つく。
この際いらない物は捨てようと思っていたのだが、なかなか作業は進まない。空いた時間を利用して、なんとか机周りは片付いた。
あとは箪笥と棚の方だ。とは言っても、収集癖もなく、本を除いて必要最低限の物しかない。仕事ばかりで着飾ることもあまりしないので、化粧道具も着物も少ない。義理の母からは、女の子なんだからちゃんとかわいくしなさいと何度も言われてきたが、そんな暇も機会もなかった。
ほとんどが黒い着物なのだが、さすがに高天原で今のような恰好はできない。新しいものを買うしかないか、と箪笥を開けて溜息をついた。
着物を広げ、背中の赤い紋を指でなぞった。
鬼灯様が選んでくださった、私の印、彼岸花。
彼岸花には、地獄花や死人花、そして天上の花という意味の曼珠沙華という相反する二つの別名と異名がある。天女と鬼神の血を引く私にぴったりだと、鬼灯様に言われた。
これは捨てられない。
畳みなおして閉め、次に一番上の小さい引き出しを開けた。
通帳や封筒の下に隠れていた白い箱を取り出す。蓋を開けると、中に入っていた簪に光が反射して輝いた。
最初で最後となってしまった、白澤から贈り物だ。
結局、この簪を使うことは一度もなかった。
もう、何十年も前のことだ。贈ってくれた白澤でさえ覚えているのかどうか分からない。
これは、持って行こう。
これだけは、捨てたくない。
未練がましいことは分かっている。でも、これはきっと、心の支えになってくれるはずだ。
「名前様」
「名前様」
突然声がして、袖を引っ張られる感触がした。
下を見れば、私を見上げる四つの目。
いつの間に入ってきたのだろうか。さすが座敷童子だ。
「どうしたの?」
箱を引き出しに仕舞い、しゃがんで二人と視線を合わせた。
「お買い物行きたい」
「お洋服買うって約束した」
「あ、そうだったね。今から行こうか」
「行く!」
「行きたい!」
気合い十分な二人の頭を撫で、片方ずつ手を繋いで部屋を出た。
鬼灯様に報告しなくてはと閻魔殿の中を探すと、中庭で金魚草に水をやっているところだった。
「鬼灯様」
階段の下まで降りて、声をかける。
「おや、どうしました?」
「二人を連れて買い物に行ってきます」
「買い物、ですか……」
鬼灯様は水を止め、私達の前まで来ると腕を組んで二人を見下ろした。
「いいですか、店内で暴れまわってはいけませんよ。名前さんの側を決して離れないこと。売り物にはあまり触らないように」
「はーい」
「はーい」
ちゃんと手を挙げて返事をする二人に、よろしい、と鬼灯様が頷いた。
しかし、鬼灯様は顔を上げた瞬間階段の柱に立てかけられていた金棒を掴み、私の背後に向けて思い切り投げた。
「ぐわふっ!」
振り向けば、金棒によってからだが壁にめりこんでいる白澤の上半身が見えた。
「あ、スケコマシ」
「スケコマシだ」
金棒が落ち、白澤もずるりと床に倒れて下からは姿が見えなくなった。
「まったく、せっかくの休日なのにどうしてあいつの顔を見なければいけないんですか」
「それは……こっちの、台詞だよ……」
貞子のように白澤が這って現れた。口の端から血が垂れている。
「名前ちゃん……で、デート……行こう……」
成程、それを言うためにわざわざ来たらしい。
「悪いけど、これから一子と二子つれて買い物行くから」
「はいはーい!僕も一緒に行く!」
白澤はいきなり立ち上がり、手を挙げて大きく宣言した。
「えー……」
「嫌そうな顔しないでよ。荷物持ちでいいから!」
一子と二子の様子を窺うが、二人の表情からはいいのか嫌なのかも読み取れない。
追い討ちをかけるように、後ろから鬼灯様の舌打ちが聞こえる。
「……分かった……」
「やった!」
ここで鬼灯様と白澤を置いて行ってはいけないと判断した。
白澤は嬉しそうにに二子を抱き上げようとしたのだが、頬を叩かれて退いた。それを見ていた鬼灯様が勝ち誇ったように鼻で笑う。
「はいはいはいはい、さっさと行きますよ」
白澤の背中を押して、先に行かせる。
「では鬼灯様、行ってきます」
「くれぐれも、くれぐれも気を付けて」
「はい……」
鬼灯様に苦笑を返し、一子と二子、更に子供のような老人神獣をつれて、閻魔殿を出発した。
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