宵闇に隠れし君の心
□成
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数日後、今度は式の日取りや引越しに関する手紙が送られてきた。
私抜きでどんどん話が進んでいく。私が口を出したら余計にややこしくなると分かっているからだろうけれど。
一ヶ月後、高天原から迎えが来るらしい。それまでに仕事を片付け引越しの準備をしておくようにと手紙に書かれていた。
逃げたいけれど、もう逃げ場はない。私は地獄に逃げてきた身、これ以上頼る宛もない。
一子と二子を膝に乗せ、金魚草が植えられている中庭を眺める。二人は頭を撫で続ける私に何も言わない。
娘のようにこの二人をかわいがってきたが、自分が好きでもない相手との子供を産まなければいけないのかと思うと気が滅入る。
「一子、二子」
名前を呼ぶと、二人が私を見上げてきた。
「次の休みは、一緒にお買い物に行こうか。お洋服買ってあげる」
「わーい」
「わーい」
表情には出さないが、両手を上げて喜ぶ二人を抱き締める。
ずっとここにいたいという気持ちが日に日に増していく。
「あ、名前ちゃーん!」
突然聞こえてきた別の声に、心臓が飛び跳ねた。
反応して振り返る前に、背後から抱き締められる。
「仕事部屋にもいなかったから探したよ」
「子供の前で何すんの」
白澤が私の前を覗きこんで、笑みを消した。
「ゲッ……」
「あ、スケコマシだ」
「スケコマシが来た」
スケコマシスケコマシと言われて、白澤が少し後退する。それでも私の腰から腕が離れない。
「こ、こんな所で何してるの?」
「ガールズトーク」
「へえ……」
鬼灯様曰く、この双子は白澤に効く兵器らしい。白澤にとってはトラウマのようだ。
「で、白澤は配達?」
「まあねー。名前ちゃんには会いたくて、桃タロー君に店任せて来ちゃった」
軽く額を叩けば、白澤は何故か嬉しそうに笑った。気持ち悪い奴だ。
私情で店を空けるとは、最低な店主だ。桃太郎君も苦労していることだろう。
一子と二子を降ろし、立ち上がって着物をはたく。しかし、二人と手を繋ぐ前に、白澤に手をとられた。
「ねえねえ、今夜暇?ご飯食べに行こうよ」
「平日に何言ってんの。仕事仕事」
白澤の手の甲を叩く。
視線を下げてみれば、いつの間にかあの双子は消えていた。
「ご飯食べに行くだけでいいから!遅くならなければ大丈夫!」
何が大丈夫なのかよく分からない。
昼休みももうすぐ終わる。仕事に戻ろうと白澤の横を通り過ぎて行けば、当然のように後ろをついてきた。
「ねえ名前ちゃーん。行こうよー」
「生憎、私は暇じゃないから。どっかで女の子捕まえてこればいいでしょ。あ、お香ちゃんなら午後にこっちに来るわよ」
すれ違う獄卒からの会釈に応えながら、早足で廊下を進む。
痺れを切らしたのか、白澤が腕を掴んできた。
「今日は名前ちゃんと行きたいんだよ」
拗ねたような白澤の声音。
振り向いて目が合った瞬間、胸が締め付けられた。
今自分が立たされている状況を思い出し、目頭が熱くなる。私が一番に捨てなければいけないのはこの関係だというのに、底無し沼に足がとられたように抜け出せない。
「だから、駄目だって……」
「行ってきたらどうです?」
第三者の声が入ってきて、白澤と同時に声のした方を向く。
鬼灯様が扉の前に立っていた。
「息抜きも必要ですよ」
「ほら、あいつもそう言ってるし!」
鬼灯様は私の気持ちを分かっているのだろう。本当に、優しい方だ。
「……なら、お言葉に甘えて」
「よし、決まり!」
白澤は手を叩き、軽い足取りで正門の方に向かって行く。
「じゃあ、名前ちゃんの仕事が終わる頃にまた来るよー!」
ひらひらと手を振りながら遠ざかっていく白澤を見つめ、鬼灯様が溜息をついた。
「まったく、あの男は……」
鬼灯様の背中を追って、中に入る。
半歩後ろを歩いていると、前を向いたまま鬼灯様は口を開いた。
「ちゃんと言わなくてはいけませんよ」
「……はい」
頭では分かっていても、心が拒否する。
恋とはまったくもって厄介な感情だ。
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