宵闇に隠れし君の心
□桃
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うさぎ漢方極楽満月には、朝から白澤の鼻歌が響いていた。普段は桃太郎の方が先に起きているのだが、珍しく白澤が早起きをしている。
店の奥にあるリビングダイニングに顔を出した桃太郎が、台所に立っている白澤を見て首を傾げた。
「あれ、おはようございます、白澤様。早いですね」
「ああ、おはよう桃タロー君」
鍋の中をかき混ぜる手を止め、白澤が振り向いた。
「朝御飯作ってるんだよ」
「それなら、俺がしますよ」
「いいのいいの。これ、名前ちゃん用のだから」
「名前さんの、ですか?」
桃太郎は白澤の隣に立ち、鍋の中を覗き込んだ。それは、白澤が得意とする薬膳鍋だった。
「朝から鍋……ですか」
「ん?名前ちゃんが来た時は毎回作ってるよ?」
そう言いながら、白澤はまな板の上に置かれていた小さな木の実を鍋に入れ、またかき混ぜる。
「名前ちゃん、仕事で疲れてるからね。うちに来た時は、その日の名前ちゃんの調子を見て薬膳鍋を作ってるんだ」
「へえ……」
楽しそうに鍋を作る白澤の横顔を、桃太郎が不思議そうに見上げる。
「名前さんって、閻魔大王の第二補佐官ですよね?」
「そうだよ」
「でも、名前さんって鬼じゃないですよね?亡者なんですか?」
ああ、と桃太郎の言葉を聞いて白澤が呟いた。
「桃タロー君はまだ知らないんだっけ?名前ちゃんは鬼神と天女のハーフなんだ」
「え!?そうなんですか!?」
「うん。見た目は人間に近いけど、ちゃんと鬼の血が流れてるんだよ」
名前の姿を記憶の中辿り、納得したように桃太郎が頷く。上司である鬼灯の金棒を軽々と持ち上げたり、亡者を直接拷問していたりと、思い返せば女だとは思えない行動の数々を目撃してきた。
「でも、両親は結局結婚できなくて、幼少の頃は高天原で暮らしてたらしいよ。後から父親に引き取られて地獄に行ったんだとか」
「けっこう複雑なんですね……」
「まあね。さてと、できあがりー」
白澤は火を止めて、冷めないようにと鍋に蓋をした。
「そろそろ起こそうかな」
「あ、じゃあ俺は今のうちに仙桃の収穫してきます!お邪魔しては悪いので」
「謝々ー」
気をつかって出て行く桃太郎を見送り、白澤は自室へと足を向けた。
そっと中に入り、ベッドに近付く。覗いてみれば、長い黒髪が枕に広がっていた。
日頃の寝不足も重なっているためか、起きる気配がない。
「名前ちゃん」
名前を呼びながら、白澤が布団を少し下げる。
猫のように横向きで丸まって眠っている名前。白澤のシャツを着て寝ているため、袖が長く手が隠れてしまっている。
その光景に頬を緩ませ、白澤は名前の頬を撫でた。
その瞬間、名前の両の目が前触れもなく開いた。
「ひぃッ!」
絡繰のような動きに、白澤が小さく悲鳴をあげて後ずさる。
「お、起きるなら起きるって言ってよ!」
「そんなことできるわけないでしょ」
体を起こし、名前は首と肩を回した。
「ふう、よく寝た」
「本当に吃驚したよ……」
白澤がベッドに腰掛け、少し寝癖のついている名前の髪に指を通して整える。
まだ少し眠そうな名前に、白澤が口付けた。
「薬膳鍋できてるよ。着替えてからおいで」
「ありがとう」
名前がベッドから降りるのを見届けて、白澤はリビングに戻った。
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