宵闇に隠れし君の心

□桃
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湯煙が立ち昇っていくはるか上には、明るく輝く月。
それを遮るものは何もなく、手を延ばせば届きそうなほどに大きい。
吸い込まれるように、月へと手を延ばした。
しかし、勿論月に手が届く筈もなく、空を掴んで腕を湯船の中に戻した。

「どうしたの?」

腰に手が回り引き寄せられ、白澤が耳元で囁いた。体が動いた反動で、湯が揺れて音をたてる。

「なんだか、月に手が届きそうだったから」

「確かに、今夜の月は一際大きいね」

そうは言うが、白澤の視線は月ではなく私に向けられていた。
呆れて眉根を寄せ、濡れて額に張り付いている白澤の前髪をかき分けた。そうすれば、普段は隠れている目の印が現れる。

「見てないじゃない」

「だって、隣に君がいるんだもの。いくら綺麗な月でも、君の前じゃ霞んでしまうよ」

歯の浮くような台詞をさらりと言う白澤に、溜息をついた。

「よく言うわ」

「本当さ」

白澤に抱え上げられ、膝の上に降ろされる。体に巻いていたタオルが外れ、胸元が大きく開いた。
巻き直そうと手を延ばすと、白澤がその手掴んだ。

「今更隠さなくてもいいじゃないか。もう、君のことは隅々まで知ってるんだから」

そう言いながら、私の腿を撫でる。
白澤のそのような行動には慣れてしまっているので、それ以上抵抗はしなかった。
私を見上げ、白澤が恍惚とした表情をする。

「すごく綺麗だよ、名前ちゃん」

それは、他にも数多の女人に言ってきたであろう言葉。
嬉しいのに少し悲しくなり、白澤の首に腕を回した。白澤も私の背に腕を回し、体を抱きとめられる。

「もう眠くなっちゃった?」

「うん」

「えー、もうちょっと付き合ってよ。こうして会うの久しぶりなんだから」

冷えないようにと、白澤は一定のリズムで私の肩に湯をかけ続ける。

「そうだね、確かに久しぶりかも」

「七十年くらい前から地獄が忙しくなって、名前ちゃんが来る回数減っちゃったんだもん。僕の癒しなのに」

「他にも女の子はいるでしょ」

「名前ちゃんは一人しかいないよ」

首筋に口付け、毒を流し込むように白澤が耳元で囁く。

「こうやって一緒に過ごすのも名前ちゃんだけ」

「あんたの相手を何年も続けられるのは私しかいないってだけ」

これは"遊び"だ。
そう開き直って何十年も私達はこの関係を続けている。
白澤は月を眺めながら、湯に浮いて揺れている私の髪に指を絡めた。

「なら、これからも僕と遊んでね」

答える代わりに、白澤から体を離し、彼の額に口付けた。

「……そこ、目……」

「ああ、そうだった」

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