宵闇に隠れし君の心
□桃
1ページ/3ページ
湯煙が立ち昇っていくはるか上には、明るく輝く月。
それを遮るものは何もなく、手を延ばせば届きそうなほどに大きい。
吸い込まれるように、月へと手を延ばした。
しかし、勿論月に手が届く筈もなく、空を掴んで腕を湯船の中に戻した。
「どうしたの?」
腰に手が回り引き寄せられ、白澤が耳元で囁いた。体が動いた反動で、湯が揺れて音をたてる。
「なんだか、月に手が届きそうだったから」
「確かに、今夜の月は一際大きいね」
そうは言うが、白澤の視線は月ではなく私に向けられていた。
呆れて眉根を寄せ、濡れて額に張り付いている白澤の前髪をかき分けた。そうすれば、普段は隠れている目の印が現れる。
「見てないじゃない」
「だって、隣に君がいるんだもの。いくら綺麗な月でも、君の前じゃ霞んでしまうよ」
歯の浮くような台詞をさらりと言う白澤に、溜息をついた。
「よく言うわ」
「本当さ」
白澤に抱え上げられ、膝の上に降ろされる。体に巻いていたタオルが外れ、胸元が大きく開いた。
巻き直そうと手を延ばすと、白澤がその手掴んだ。
「今更隠さなくてもいいじゃないか。もう、君のことは隅々まで知ってるんだから」
そう言いながら、私の腿を撫でる。
白澤のそのような行動には慣れてしまっているので、それ以上抵抗はしなかった。
私を見上げ、白澤が恍惚とした表情をする。
「すごく綺麗だよ、名前ちゃん」
それは、他にも数多の女人に言ってきたであろう言葉。
嬉しいのに少し悲しくなり、白澤の首に腕を回した。白澤も私の背に腕を回し、体を抱きとめられる。
「もう眠くなっちゃった?」
「うん」
「えー、もうちょっと付き合ってよ。こうして会うの久しぶりなんだから」
冷えないようにと、白澤は一定のリズムで私の肩に湯をかけ続ける。
「そうだね、確かに久しぶりかも」
「七十年くらい前から地獄が忙しくなって、名前ちゃんが来る回数減っちゃったんだもん。僕の癒しなのに」
「他にも女の子はいるでしょ」
「名前ちゃんは一人しかいないよ」
首筋に口付け、毒を流し込むように白澤が耳元で囁く。
「こうやって一緒に過ごすのも名前ちゃんだけ」
「あんたの相手を何年も続けられるのは私しかいないってだけ」
これは"遊び"だ。
そう開き直って何十年も私達はこの関係を続けている。
白澤は月を眺めながら、湯に浮いて揺れている私の髪に指を絡めた。
「なら、これからも僕と遊んでね」
答える代わりに、白澤から体を離し、彼の額に口付けた。
「……そこ、目……」
「ああ、そうだった」
,