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ケータイのアラームの音が、枕元で鳴り響く。手を伸ばしてケータイをとり、アラームを解除する。布団の中でぐっと背伸びをし、勢いをつけて体を起こした。
パジャマの上からカーディガンを羽織り、部屋を出て斜め前の部屋のドアを叩く。

「二郎ー三郎ー、起きたー?」

毎日のことだが、返事はない。仕方なくドアを開け、二段ベッドに近づく。一応アラームは止めたようで、布団の中から伸びた二郎の手にはケータイが握られていた。

「おーい二郎ー、起きろー」

掛け布団を引き下ろして、すやすやと寝ている二郎の顔を出す。何度か名前を呼ぶと、唸りながら薄く目を開けた。

「姉ちゃん……おはよ……」

「おはよ。起きた?起きたね?また寝ちゃ駄目だからね」

「うん……起きた……」

高校生になっても、兄弟一の寝起きの悪さは変わらない。それでもそこもかわいくて、意外と柔らかい頬に、チューと言いながらキスを落とした。

「あ、そうだ、アンタまた弁当箱出してないでしょ。朝ご飯の前に自分で洗ってよ」

「ん……分かった……」

二郎がゆっくりと起き上がるのを見届けてから、今度は梯子を登って上段を覗く。

「三郎、起きてる?」

「……おきてる」

布団の中から、まだ眠そうな目をした三郎が顔を出した。

「おはよ」

三郎の頭を撫で、同じようにまだあどけなさの残る頬にチューとキスをする。梯子を降りて部屋を出ると、ゆっくりと後から三郎がついてきた。
1階に降りていく三郎を見送っていると、ドアが開く音がして、ぽりぽりとお腹を掻きながら一郎が部屋から出てきた。

「おはよ、名前」

「おはよ」

階段の前で待ち構えていると、視線を泳がせながらも、ん、と一郎は少し腰を屈めてくれた。

「はい、よろしい」

寝癖のついた頭を撫でて一郎の頬にもチューをし、塞いでいた階段の前から退いた。
それにしても、ラスト1人がまだ起きてこない。

「二郎!」

再度部屋に入ると、二郎はベッドに座った状態でうつらうつらとしていた。今度こそ厳しく叩き起し、ほとんど目が開いていない二郎を追い立てるようにして部屋から出す。
自分も二郎に続いて1階に下り、キッチンに向かった。既にリビングには、炊きたてのご飯の香りが漂っている。キッチンに一郎が立っていて、炊飯器の中のご飯をかき混ぜていた。

「二郎は?」

「さっき起きたよ」

そう言った直後、廊下の向こうから二郎と三郎が言い争う声が聞こえたきた。ちゃんと目は覚めたらしい。
冷蔵庫から卵とウインナーを出し、食器乾燥機の中からボウルと菜箸を取る。

「あ、一郎、味噌汁のお湯沸かして」

「はいよ」

朝ご飯の方は一郎に任せ、弁当作りに取り掛かる。乾燥機の中から三郎の弁当箱を出したところで、二郎のことを思い出した。

「一郎、二郎に弁当箱洗えって言って」

「は?アイツ、また出してないのかよ」

一郎は鍋を火にかけ、キッチンから出て行った。廊下の方から、二郎が一郎に怒られる声が聞こえてきた。すぐにドタバタと階段を駆け上がる音がして、1分もしないうちに二郎がキッチンに飛び込んできた。

「ごめん姉ちゃん!すぐ洗うから待って!」

「はいはい」

溶き卵に冷凍の刻みネギを入れながら、卵焼き用のフライパンを火にかける。フライパンが温まるのを待つ間に、プチトマトと残り物のほうれん草の胡麻和えを三郎の弁当箱に詰める。まだ隙間ができそうなので、冷凍食品の金平ごぼうのカップも入れた。

「姉ちゃんお待たせ!」

洗い終わった弁当箱が、三郎の弁当箱の横に置かれる。

「はい、着替えておいで」

「うん!」

キッチンから出て行った二郎と入れ替わりに、一郎が戻ってきた。

「名前は今日どっか行くのか?」

「えーっと……」

二人分の弁当箱の下段にご飯を入れ、残したおいたおかずを二郎の弁当箱の上段に入れる。卵焼きを焼きながら、今日のスケジュールを振り返った。

「午前中は乱数の手伝い。て言ってもほぼ掃除だろうけど。午後はたぶん空くから何か依頼が入ったら動ける。そっちは?」

「俺は午前中引越し作業の手伝いに行って、夕方に犬の散歩」

小分けして冷凍している味噌汁用の野菜と顆粒だしを、一郎が鍋に投入する。そして、具材に火が通るまでの間に二人分の水筒にお茶を入れて、キッチンとリビングの間のカウンターに出してくれた。

「姉ちゃーん!」

やっと落ち着いたと思ったら、また二郎の泣きそうな声がリビングから響いてきた。

「今日体育あるの忘れてた!体操服どこ?」

「えー、まだ干したままなんだけど。ベランダから取ってきて」

「分かった!」

ったくアイツは、と一郎が隣で溜息をつく。

「名前、二郎を甘やかしすぎじゃねえか?このままじゃ、アイツなんにもできない男になるぞ」

「一兄の言う通りですよ。そろそろ自立させた方がいいと思います」

いつの間にか、三郎が着替えを済ませて下りてきていた。

「そうは言ってもねえ……今じゃ素直に甘えてくれるのは二郎だけだしなー。アンタ達がもっと甘えてくれたら、私だってもうちょっと二郎に厳しくできるんだけどなあ……」

そう返すと、二人揃って眉間に皺を寄せた。

「知ってました?名前姉みたいな女の人のこと、ダメ男製造機って言うんですよ……」

「え……」

雷に打たれたような衝撃が走る。一体、どこでそんな言葉を覚えてきたのか。三郎は不穏な言葉を残したまま、水筒を取って鞄に仕舞いに行った。

「体操服あったー」

何も知らない二郎が、体操服と鞄を持って下りてきた。

「二郎か三郎、コーヒーいれてくれ」

一郎がカウンターから顔を出して言うと、我先にと2人がキッチンに飛び込んできた。大きな男が3人も入ると身動きが取りづらい。
喧嘩しながら4人分のコーヒーを準備する二郎と三郎を避け、焼きあがった卵焼きとウインナーを弁当箱に詰める。仕上げにご飯の上にのりたまを振りかけた。弁当箱をカウンターに置き、フライパンの中で1つだけ余ったウインナーを菜箸でつまむ。

「ほれ、一郎、あーん」

「ん?あー」

味噌汁をかき混ぜながら身を屈めた一郎の口に、ウインナーを放り込む。
油をひき直したフライパンで、今度は朝ご飯用の目玉焼きを作る。今日は少し豪華に、ベーコンを下に敷いた。

「あ、ベーコンエッグ!」

いち早く反応した二郎が、上から覗き込んでくる。

「まったく、与えられた仕事を途中で投げ出して食べ物に食いつくとは。これだから低脳は」

マグカップにインスタントコーヒーを入れながら、三郎が溜息をつく。

「アァン!?ンだと三郎!」

「はいはい、ここで喧嘩しないで」

二郎の腕を引っ張って三郎から遠ざけ、二郎にはご飯を用意するよう頼む。まだ2人の視線が火花を散らしているが、二郎は大人しく茶碗を取りに食器乾燥機に向かった。
丁寧にコーヒーの分量を確認している三郎を見て、また身長が伸びていることに気付く。

「三郎、また背伸びた?」

「え?そうですか?」

「うん」

何年か前まで抱っこしたり膝に乗せたりできるサイズだったのに、成長が早すぎる。昔は小さくてころころしていたのに、すっかり追い抜かされてしまった。

「やだな……三郎縮めばいいのに……」

「無茶言うなよ……」

三郎ではなく一郎に、呆れたようにそう言われた。
おいでと言えば腕の中に飛び込んで来ていた頃の三郎を思い出しながら、ベーコンエッグをお皿に取り分ける。

「順番に味噌汁と卵持ってけー」

一郎の声に返事をして、各々が朝ご飯を持って席についていく。
フライパンや菜箸を水につけてから、3人が待つ席についた。

「はい、じゃあいただきまーす」

全員で揃って手を合わせ、今日も時間通りに朝の仕事を終えられたことにホッと一息ついた。
味噌汁を飲みながらふとテレビのニュース番組に目を向けると、中王区にある新しいカフェの特集が流れていた。女性だらけのパステルカラーの店内で、フルーツやチョコに彩られたパフェが輝いている。

「うわー、おいしそー。行ってみたいなー」

「行ってみたいって、あれ中王区じゃねーか」

同じように味噌汁のお椀を口元に近づけたまま、一郎が呟く。

「まあ、そうだけど」

「姉ちゃんは他の女みたいに中王区に行っちまったりしないよな!?」

心配そうな表情で、左隣に座る二郎が身を乗り出してきた。

「そんな顔しないでよ。行かないから」

そう答えると、二郎は安心したように笑って食事に戻った。

「名前が俺らを置いて出ていくわけねーだろ」

当然とでも言いたげに、向かい側の一郎が付け足す。

「そうだね。まあ嫁に行く時は別だけど」

冗談めかして言ってみると、3人はなんとも形容し難い微妙な顔をした。

「姉さん、結婚は1人ではできないんですよ?」

三郎が憐れみを含んだ目でじっとりと此方を見る。

「ちょ、それどういう意味……?確かに今は彼氏いないけど、そのうちできるって!……たぶん」

仕事と家事ばかりでまったく出会いがないのが現状だが。そのうちやってくるという結婚ラッシュのことを考えると気が重くなる。

「あれ、そう言えばさ」

二郎がふと何かを思い出したように口を開く。

「去年くらいまで姉ちゃん彼氏いなかったっけ?」

ベーコンエッグを割っていた手が止まる。一郎の眉間に皺が寄るのを、私は見逃さなかった。

「たまに出かけたりどっかに泊まりに行ったりしてたじゃん。あれって――」

「二郎」

私より先に、一郎が口を開いた。

「さっさと食わねーと遅刻すんぞ」

「あっ、やべ」

時計を確認して、二郎がご飯をかきこみ始める。一郎は既に何事もなかったかのような表情に戻っていた。
いつの間にか地方のディビジョンの選挙の話題に変わったニュースを見ながら、黙々と食事を進める。先に食べ終わった二郎と三郎は食器をシンクに運び、各々荷物とお弁当を持って登校していった。残された一郎との間に、重い空気が流れる。

「……なあ」

2杯目のコーヒーを飲もうかと考えていると、一郎の声がテレビの音声に重なった。

「最近……その、連絡とか、とってんのか?」

誰のことを言っているのかは、聞かずとも分かった。

「ぜーんぜん。音沙汰無し。まあ、連絡がないってことはピンピンしてるんじゃない?」

なるべく明るい声で返す。そうか、と呟いて、一郎は食器を持って立ち上がった。テレビの端の時間を見て、私も立ち上がる。
2杯目を飲む時間は、もう無さそうだった。



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