アガパンサス

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試合が終わった瞬間、それまで静まり返っていた会場が急に騒がしくなる。その瞬間に、勝利を実感する。
勝った。
勝ち残った。
終わった。
体の力を抜いて上を見ると、雲一つない青い空が広がっていた。背中と額を伝う汗も気にならない。
ようやく終わった。プレッシャー、緊張、焦り、すべてから解放される。
私の名前を呼ぶ声が聞こえて、あっという間に周りを囲まれた。みんな泣いている。
そうか、優勝したのか。日本一だ。
目標達成だ。
先輩がいて、友達がいて、後輩がいて、全員で繋いでここまで来れた。

立海大附属高校女子硬式テニス部は、その年のインターハイを制した。



‐*‐*‐*‐




「なんじゃ、その緩んだ顔は」

さっきまでブンちゃんと話していたのに、仁王がいきなり私の方を向いてそう言った。

「えー、そんなに緩んでるー?」

「おお、ゆるゆるじゃ」

「シャキッとしろよシャキッと!」

チュッパチャップスを口にくわえたまま、ブンちゃんが器用に言葉を発する。
シャキッとしろと言われても、1ヶ月ほど過ぎたというのにインターハイのことを思い出すとどうしても顔の筋肉が緩んでしまう。

「だらしねえなあ。気合い入れろよい」

「今日から本格的に俺らの代じゃ。おまんがそんなんじゃと、後輩に示しが付かんぜよ」

「分かってる分かってる。大丈夫。ちゃんとするって」

煩悩を打ち消すように、インターハイのことは頭の隅に追いやって、今日持って来ている夏休みの課題のリストを思い浮かべた。
周りを歩いている立海生には、夏に日焼けしたであろう人達がいっぱいいる。思えば、去年も今年も夏休みは部活ばかりでほとんど遊んでいない。夏祭りは練習の後寄った程度で、浴衣も着れなかった。

「もうちょっと高校生らしいことしたかったなー」

「あ?」

ブンちゃんが気の抜けた声を出す。

「何が?」

「夏休みよ。遊びたかった」

「海ならあるぜ」

飴を口から出し、それで右手側に広がっている海を指した。

「海なんて毎日見てるじゃん」

海沿いで生活する者にとって、何も特別感がない。テニス部のみんなで花火でもすればよかった。
吸い込まれるようにして正門に入っていく生徒の波に乗って高校の敷地内に入ると、待ち受けていたように女子の囁き声があちこちから聞こえてきた。普段は朝練のために早く登校するこの二人を見れるのはレアなのだろう。

「みんな色白いなー。羨ましい」

半袖から覗く白くて柔らかそうな腕は、筋肉質な自分の腕と大違いだ。

「顔は名前の方が上じゃろ」

隣でさらりと呟かれた言葉に、心が射抜かれた。

「仁王たん……」

「なんじゃ」

モテる男はやはり違うと沁々と感じながら、スクールバッグのポケットから飴玉を一つ出して仁王にプレゼントした。

「あげる」

「おい、溶けとるぞこれ」

「気にしない気にしない」

こういうのは気持ちが大切なのだと自分で説く。微妙な表情をしながらも、仁王は飴をズボンのポケットに仕舞った。

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