Stab

□forbidden fruit is sweetest
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ナッティーは私の顔を覗き込みながら続けた。

「クルーエルとフリッピーは恋人同士なの?」

遠回しにせず、ナッティーははっきりと尋ねてきた。

「……だったら何?」

曖昧に答えると、ナッティーは私の方に距離を詰めてきた。

「クルーエル、覚えてる?クルーエルがこの町に来てすぐ、ペチュニアの家にパーティーに行ってたはずの君が、フリッピーと帰ってきたことがあったよね。その時、僕フリッピーに殺されたんだよ?クルーエルの目の前で」

ああ、そんなこともあったな、と記憶を辿る。
ナッティーは手をついて身を乗り出してきた。

「そんな奴のことを、クルーエルは好きなの?フリッピーはみんなのことを何回も何回も殺してきたんだよ?それなのに、クルーエルはフリッピーが好きなの?」

「ナッティーだって……昨日私を殺したでしょ」

そう言い返すと、ナッティーは不思議そうに首を傾げた。

「だって、クルーエルが僕よりフリッピーのこと優先するんだもん」

この人は、何を言ってるんだろう。
まるで、思い通りにいかなくて八つ当たりをした子供のようだ。
言葉が通じない。一方通行で、私の言葉はナッティーには届いていない。
背中に寒気が走った。
私が黙っていると、ナッティーは笑みを浮かべて更に近付いてきた。さがろうとしたが、背中に肘掛けが当たった。

「ねえクルーエル、僕、クルーエルのことが好きだよ。フリッピーと別れてよ。フリッピーなんかやめて、僕と付き合おう?」

ナッティーの手が頬に触れた。愛情の籠った瞳で、愛しげに私を見つめてくる。
それが、何故か怖かった。

「嫌だ……」

ナッティーの手を振り払う。思っていた以上に力が入ってしまい、弾くような形になってしまった。
弾かれた手を見下ろすナッティーから、笑みが消えた。

「……どうして?」

絞り出すようなか細い声で、ナッティーが呟いた。

「どうして、僕じゃ駄目なの……?」

ナッティーの目に、涙がにじむ。
そして、いきなり肩を掴まれた。
昨日の記憶が甦る。

「ねえどうして!?どうして僕じゃないの!?フリッピーのどこがいいの!?あいつは人殺しの化け物なのに!クルーエルは騙されてるんだよ!」

ナッティーに肩を揺さぶられる度に、背中に肘掛けが当たる。

「落ち着いてナッティー!」

ナッティーの腕を掴んで引き剥がそうとするが、それに抗うように肩に指が食い込んでくる。
とうとう、ナッティーの目から涙が溢れた。

「僕の方が先にクルーエルを好きになったんだ!ずっとずっと好きだったのに!クルーエルは僕のものなんだ!あんな化け物に渡さない!」

次の瞬間、ナッティーの手が首に回った。
ナッティーの体重がかかり、体が反れて首が締められる。

「ナッ……ティー……ッ!」

息ができない。
どんなに叫んでも叩いても、ナッティーは泣きながら手に力を入れるばかりだ。
だんだん意識が朦朧としてきた。
またここで死ぬのか。
いや、駄目だ、それじゃあ何も変わらない。
最後の気力を振り絞り、手を腰のベルトに延ばした。
ごめんね、と心の中でナッティーに謝り、引き金を引いた。
鋭い音と共にナッティーの手が緩み、肺に空気が流れ込んできて噎せ返ってしまった。
生暖かい感触が、胸に広がる。
どうやら弾は腹部に入ったようで、ナッティーが血を吐いた。

「クルーエル……」

ナッティーの涙が、また一粒落ちた。

「……ごめん、なさい……」

頬を温かいものが伝った。
そして、ナッティーは涙を流した私を見て微笑んだ。
それを最後に、驚く私の上から、ナッティーは床に転げ落ちた。
まだ手が震えている。
次から次へと涙が溢れてきて止まらない。
人を、殺してしまった。
自分の意思で、人を殺してしまった。慣れている筈なのに、胸が締め付けられるように痛む。
明日には、ナッティーはいつも通り起きてくる。そうと分かっていても、涙が止まらなかった。
ナッティーは、フリッピーを人殺しの化け物だと言った。
フリッピーよりも、私の方が化け物だ。
この家も、着ている服も、家具も、何もかも、人の命を売り、奪い、手に入れた金で買ったものだ。
私の方が、よっぽど化け物だ。
遠くで、フリージアが鳴く声がした。

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