Stab
□one scabbed sheep will mar a whole flock
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フリッピーの家に行くのは、初めてだ。緊張していないと言えば、嘘になる。
あまり、何も考えないように。何を話すかなんて、会ってから考えればいい。
歩道に走っているヒビを見下ろしながら、淡々と歩いた。
すると、半歩後ろを着いてきていたフリージアが、一声鳴いた。
振り向けば、フリージアは歩道を降りていくところだった。
「フリージア?」
フリージアの向かう先を見れば、道の真ん中に赤いボールが落ちていた。大道芸で使われていそうな物だから、恐らくマイムのものだろう。
フリージアは興味をひかれるがまま、ボールの方に走っていく。
その時、エンジン音が聞こえた。
進行方向を見れば、トラックがこっちに向かって来ていた。
トラックとフリージアを交互に見て、慌てて足を動かす。
「フリージアッ!」
どうしよう。
間に合わない。
急いでフリージアを抱え上げたが、トラックはもう目前に迫っていた。
もう駄目だ。
そう思い、フリージアを抱き締めてギュッと目を閉じた。
が、聞こえてきたのは、金属が壊れるような音だった。頬に小さな痛みが走る。しかし、それ以上は何も起こらなかった。
恐る恐る目を開ければ、目の前で青いものが揺らめいた。
「大丈夫かい?お嬢さん」
「え……?」
それは、人だった。
赤い仮面の奥で、優しげに目が細められる。
しかし、その右手はトラックを押さえていた。トラックの前は、その衝撃で大きく凹んでいる。上を見ると、砕けたガラスが身体中に刺さっているランピーが見えた。どうやら、私もさっき破片で頬を切ったらしい。
なのに、トラックを止めた本人は怪我をしている様子はなかった。
トラックが止まったことを確認して、涼しげな表情で埃を払うように手を叩く。
「危ないところだったね。わたしがパトロールをしていなければ、今頃君はこのトラックに潰されてたよ?」
「あの……」
「それにしても……」
何がどうなっているのか理解できず混乱していると、その人は私の髪を掬って、映画やドラマのように髪にキスをした。
「こんなに美しい人がこの町にいただなんて知らなかったよ。これも何かの運命かな?わたしはスプレンディド。君は?」
「え、っと……私、は……」
「おい」
名前を言いかけた時、別の声が割って入ってきた。
聞き覚えのある声に、意識がはっきりと澄み渡る。
歩道の方に視線を移し、そこに立つ人物を見て肩の力を抜いた。
「フリッピー……」
私がそう呼ぶと、彼は少しだけ表情を緩めた。しかし、すぐに鋭い目付きに戻る。
フリッピーはサーベルに手を延ばしながら、私達の立つ所まで歩み寄ってきた。そして、私の髪に触れているスプレンディドと名乗った男の手を掴んだ。
「汚ねェ手でクルーエルに触んじゃねーよ」
「これはこれは、フリッピー君じゃないか」
ギリギリと腕を捻りあげられているのに、笑顔を張り付けたままのスプレンディド。
「そうか、君の名前はクルーエルというのか」
「気安く呼ぶな!」
フリッピーが声を荒げる。
肩に手が回され、庇うようにフリッピーに抱き寄せられた。
「俺の女だ。勝手に触んな」
「へえ、そんな君にも彼女ができたんだ?それはそれは……」
スプレンディドが、フリッピーから私に視線を移す。
「益々彼女が欲しくなったじゃないか」
「テメー……ッ!」
それは、一瞬のことだった。
フリッピーが私の腰のベルトからピストルを抜き、躊躇うことなくスプレンディドに向けて発砲した。スプレンディドが素早く飛び上がり、弾を避ける。
「危ないじゃないか、フリッピー君。冗談のつもりだったのに」
宙に浮いたまま、スプレンディドが困ったように肩をすくめる。
「冗談に聞こえねーんだよ!」
スプレンディドの動きに合わせて、フリッピーが発砲し続ける。が、すぐに弾が尽きた。
それに気付いたスプレンディドが、宙で止まって得意気にフリッピーを見下ろした。
「まあまあ、そんなにカッカするな。彼女の前だろう?」
「元はと言えばテメーのせいだろ!」
フリッピーは、完全に頭に血が昇っている。
フリージアを降ろし、フリッピーの腕を掴んだ。
「フリッピー、もういいから」
フリッピーは反論しようとしたが、先に私が言葉を続けた。
「私は助けてもらったわけだし、何もされてないから。本当にただの冗談だよ」
「でもお前!顔に傷が――」
「これくらい、大丈夫だから」
悔しげにスプレンディドを睨むフリッピーの手から、ピストルを奪い返す。
スプレンディドは役者のように頭を下げ、では、と言って飛び去っていった。
フリッピーは舌打ちをし、私の方を向いた。
スッと頬を撫でられる。
「アイツ、許さねェ」
「でも、あの人に助けてもらわなければ、私、今頃死んでた」
「……俺ん家、行くぞ」
私の手をとって、フリッピーが歩きだす。
その背中を見ながら、さっきフリッピーが言った言葉を思い出した。
――“俺の女”、か……。
誰かのものになるのも、案外悪くない。
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