Stab
□still waters run deep
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フリッピーを見た瞬間、テレビを見ていたナッティーが笑みを消した。
「なんでフリッピーがクルーエルと一緒にいるの?」
今まで聞いたこともないような冷たい声が、ナッティーから出る。
フリッピーも驚いたようで、助けを求めるような視線を向けてくる。
「フリッピーは荷物を運ぶの手伝ってくれたの。ほらナッティー、お菓子買ってきたよ」
「……いらない」
小さく呟くと、ナッティーは私達の横を通りすぎて家を飛び出してしまった。
「えっと……ごめん」
自分が悪いと思ったのか、フリッピーが申し訳なさそうに謝った。
「フリッピーは悪くないよ。ナッティーは、ちょっと我儘なとこがあるから」
荷物を受け取り、フリッピーに座るよう勧めた。
お湯を沸かしながら、買ったものを冷蔵庫に仕舞う。
「あ、チョコチップクッキーあるけど食べる?好きだよね?」
以前フリッピーが好きだと言っていたのを思い出し、買ったばかりのクッキーの袋を開けた。
フリージアと遊んでいたフリッピーが、一瞬動きを止めた。が、すぐに戻ってありがとうと言って袋を受け取った。
「あの、さ……」
お湯が沸くのを待っていると、フリッピーが控え目に話しかけてきた。
「その……もう一人の僕は、よくここに来るの?」
黒い瞳が、まっすぐに私を見つめる。
「……まあね」
フリッピーは、確証を持って言ったのだろう。
否定して嘘をつく余地などなく、正直に答えた。
「出てきた時は毎回来てるんじゃないかな」
「……そっか」
茶葉をスプーンで弄びながら、フリッピーを見ずに尋ねる。
「なんで分かったの?」
少し間を空けて、フリッピーが口を開いた。
「僕は人格が入れ代わってる間のことは、何も覚えてないんだ。気が付いたら血塗れになってて、側には誰かの死体が転がってる、っていうのがいつものことだった。でも、最近は意識が戻っても綺麗なままで、大抵は自分の家に帰ってきてる。それに……匂いが違うんだ」
「匂い?」
顔を上げると、フリッピーは下を向いていた。
「うん。匂いが、違うんだ。服も、髪も、うちにある洗剤やシャンプーの匂いじゃない。……君と同じ匂いがする……」
「……成程ね」
ぐつぐつと泡が上がり始めたので、火を止めて茶葉の上からカップに注いだ。
カップを持ってキッチンを出、一人掛けのソファに座った。
「はい。砂糖は?」
「あ、欲しい」
ローテーブルにカップを置き、テーブルの隅にある角砂糖の入った容器を渡す。
フリッピーは角砂糖を3つ入れ、くるくるとスプーンで紅茶をかき回した。
「それで……」
カップを両手で持ち、フリッピーが話を戻した。
「もう一人の僕って、どんな感じなの?自分のことなんだけど、全然しらないんだ」
「どんな感じ、か……」
記憶の中のフリッピーを頭に浮かべ、首を傾げる。
「まあ、自由奔放っていうか、本能に忠実っていうか……って言ってたら、次に会う時に怒られそうだけど」
もう一人のフリッピーには主人格の記憶があることを思い出し、そこで言葉を切った。とは言え、ここまで言ってしまったら、100パーセント怒られる。
フリッピーは自分でも想像したのか、暫く考える素振りをして苦笑した。
「なんか、迷惑かけてるみたいだね。ごめん」
「迷惑じゃないよ」
フリッピーが来るのが楽しみだから、と心の中で付け足す。
「あいつは血塗れで来るから、洗濯してシャワー貸してるの。だから私と同じ匂いがするんだよ」
「そう、か……ありがとう」
語尾が萎んでいき、急にフリッピーの表情が曇った。
規則正しくフリージアの頭を撫でながら、フリッピーは再び考え込み始めた。
そんなフリッピーを見ながら、チョコチップクッキーを一枚取る。
数十秒ほどそっとしておくと、フリッピーの方から言葉を発した。
「あの……訊いてもいいかな?」
「なに?」
一度言葉を切り、フリッピーは深く息を吸って吐いた。
「クルーエルともう一人の僕は……どういう関係なの?」
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