Stab

□inhabitant
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食事をしていても、もやもやとして気分が晴れない。
心無しか、フリッピーからの警戒の視線を感じて、居心地が悪かった。
どんなに鈍い人でも分かるだろう。

みんなが、私に何かを隠していることを。

だからと言って訊くこともできず、私はただ座っているだけだった。

「あ。ごめんクルーエル、ケチャップ取ってくれる?」

「え?……ああ、ケチャップね」

ギグルスの声で、現実に引き戻された。
私の前に置かれていたケチャップは、あと少ししか残っていない。

「はい」

「ありがと。これ、使っちゃっていいかな」

ポテトが乗せられている皿の上で、ギグルスがプラスチックの容器を押す。が、なかなか出てこなかった。

「あれ……出ない」

「一度振ってみたら?」

「そうだね」

私が助言すると、ギグルスは容器の蓋を閉め、自分の左手に数回叩きつけた。容器の中に付着していたケチャップが、徐々に下に落ちてくる。

「そろそろかなー」

蓋を開けたギグルスが、容器を両手で押した。
すると、空気が押し出される勢いで、ケチャップが飛び出した。

「うわ、最悪!」

ギグルスの服の胸辺りに、ベッタリとケチャップがついた。
まるで、銃で撃たれたみたいだ。
あらあらと呟きながら、ペチュニアがナフキンを持って立ち上がる。

「ギグルス、広げないようにこれ、で――」

そこで、ペチュニアの声が途切れた。
ペチュニアの首に一筋の赤い線が走ったかと思えば、一直線に血が飛び散った。
白いテーブルクロスを赤く染めながら、ペチュニアの体が後ろに倒れる。

「う、あ……ふり……ッ」

機械仕掛けの人形のように、ギグルスがぎこちない動きで頭を前に向ける。

「イヤァァァァァアッ!」

フレイキーの悲鳴が響き渡った。
私もつられて前を見ると、反対側に座っていた人間が消えていた。
何が起こったのか分からず困惑していると、横からグシャッとグロテスクな音が聞こえてきた。

「やだ!やめ――ッ!」

普段は静かなフレイキーが大きな声を出したかと思えば、頬に生暖かいものが当たった。

ほんの数秒の出来事だった。

気が付けばギグルスもフレイキーも真っ赤になって倒れていて、生きているのは私だけ。
無意識に、手が腰のベルトに延びていた。

「はい、ストップ」

いきなり、右手を掴まれた。
あと一歩のところで銃に届かなかった手に、骨ばった長い指が絡められる。

「言っただろ。それを出されたら、俺の勝ち目が無くなるって」

耳にかかる熱い息とは対称的に、動脈付近の首筋に冷たいものが触れた。
今動けば、私は間違いなく死ぬだろう。

「あんた……フリッピー……?」

「ああ、久しぶりだな。つっても、まだそんなに経ってねえか」

「……今日は私も殺すの?」

そう尋ねると、フリッピーが鼻で笑った。

「安心しろ。お前は殺さねえよ」

リップ音と共に、フリッピーの唇が耳朶に当たる。
その後すぐにナイフが首から離れ、フリッピーは足元のギグルスを蹴飛ばして私の隣に座った。

「お前、何にも聞かなかったのか」

「え?」

フリッピーはギグルスの皿から血のかかったポテトを取り、躊躇うことなく口に運んだ。

「俺のことだよ。吃驚しただろ」

「かなりね。全然違う人みたいだった」

「実際違うんだよ、俺達は」

戦闘神経症。

フリッピーはそう言った。

「お前がさっき見た方が、本当の主人格だ。俺はベトナム戦争の時にできた、戦闘用の人格。結局中途半端に戦争が終わって、俺は残っちまった」

主人格の方のフリッピーは戦闘神経症を治そうとしたらしいが、精神科医にもどうにもできなかったらしい。
簡単に消されてたまるかと、フリッピーは得意気に笑った。
そして、視線を地面に向ける。

「こいつら、頭おかしいだろ?何度俺に殺されても、懲りずに主人格と仲良くやってんだ」

「それは、私もおかしいと思うけど……」

フリッピーはミリタリーブーツの先で、ギグルスの頭をつついた。

「俺の前では戦争を連想させるようなことはするな。この町では暗黙の了解になってる」

「ふーん……」

勿体無い。
私は今のフリッピーの方が好きなのに。

「じゃあ、その話は聞かなかったことにするよ」

「はァ?」

何を言ってんだこいつ、みたいな目で、フリッピーが私を見た。

「私は、主人格より今のフリッピーの方がかっこいいと思う」

「殺されてもか?」

「私のことは殺さないって言ったの、誰だっけ」

「……ハッ、変な女」

フリッピーが左手を延ばし、私の右の頬を親指で擦った。

「今回は足だけじゃ済まなかったな」

フリッピーの言う通り、私の右半身は至るところに血がついている。お気に入りの白いシフォンブラウスは、特に酷いことになっていた。

「もっと丁寧に殺せばいいのに」

「それじゃあ楽しくねぇだろ」

仕事か身を守る時にしか人を殺したことがない私には、フリッピーの感覚は分からない。
恐らくフリッピーの中では、殺すことは息をすることと同じなのだろう。

もしくは――

「さてと、これからどうする?」

前触れもなく、フリッピーが立ち上がった。

「私はもう帰る。早くシャワー浴びたい」

私も立ち上がり、イスの背凭れに掛けていたバッグを取った。

「んじゃ、俺も行く」

「はい?」

突然落とされた爆弾に、足が止まった。
フリッピーは既に行く気満々のようで、私よりも先に歩きだした。

「本気……?」

「嘘つくわけねぇだろ。俺もシャワーしてぇし。お前よりヒデェことになってんだからな」

「自分の家に帰りなよ」

「いいじゃねぇか。ほら、行くぞ」

私の了承を得ることなく、フリッピーは門に向かっていく。
背後に広がる別次元のような光景とフリッピーを交互に見て、小さく溜息をついた。

殺人鬼についていく私が一番おかしいと、他人事のように思った。

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