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□恋なんて知らない
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酔った勢いで始まった関係は、最初は1度きりで終わると思っていた。それなのにずるずると引きずるように続いて、終わりを切り出すこともできずにいる。
だから、試しに別の人と寝てみた。でも、数年間ウタしか受け入れてなかった体は、自分でも驚くほどに拒絶反応を示した。気持ち良さの欠片もない。違和感だけが体に残って、やらなければよかったと後悔した。
シャワーも浴びずにお金だけ置いて先に出て、逃げるようにホテル街を出た。なんだか気持ち悪いような気もしてきて、足早に家に向かった。
マンションに着く頃には、既に日付が変わりそうになっていた。ドアを開けると、狭い玄関に黒い靴が一足、綺麗に並べて置かれていた。
なんてタイミングが悪いんだろう。
門限を破った子供のような気分でリビングに入ると、ウタはソファに座ってテレビを見ていた。

「おかえり」

「……ただいま」

「遅かったね。仕事、忙しいの?」

「うん、まあね……」

自然に嘘が口から出た。18時過ぎには会社を出ました、なんて言えない。
ウタはテーブルの上に置かれていた白い紙袋から、血酒が入ったボトルを取り出した。

「これ、イトリさんに貰ったんだ。一緒に飲もうと思って」

なるべく近づかないように寝室の方へ向かいながら、コートを脱ぐ。

「そうなんだ、ありがとう。先にお風呂に入ってきてもいい?」

「いいけど……」

壁のような引き戸を開け、リビングと半ば繋がっているような寝室に入る。コートとジャケットをかけてバックから携帯電話を取り出すと、さっきまで一緒にいた同僚の男からメールが来ていた。無事に帰れたかという無難な内容に、社交辞令のような返信を送る。

「それ、誰?」

突然背後から聞こえた声に、心臓が跳ね上がった。振り返れば、すぐ後ろにウタがいた。リビングからの光で顔が影になっていて、目だけが爛々と赤く光っている。
何も言い訳が思いつかず黙っていると、ウタは首筋に顔を寄せてきた。これはまずい。

「知らないにおいがする……人間の、男の……食事でついたにおいじゃないよね?」

「……だったら何?」

机に携帯を置き、ウタの横を抜けてクローゼットを開けた。下着とルームウェアを、プラスチックのケースから出す。
立ち上がって寝室を出ようとすると、いきなり背後から腕を掴まれた。手の中から服がばらばらと床に落ちる。疑問を声に出す暇もないまま、リビングを出て風呂場に押し込められた。

「ちょっと!なんなの!?」

ウタは何も言わず、私の横にある洗面台のシャワーの蛇口を捻った。いきなりお湯が出る筈もなく、ちょうど真上にあるシャワーのヘッド部分から、冷たい水が降り注ぐ。呆然としていると、ブラウスもスカートも水を含んで、ぐしゃぐしゃになってしまった。ウタ自身も、跳ね返った水で濡れてしまっている。
やがて水はお湯に変わって、風呂場が湯気で白く煙り始めた。

「少しはましになったね」

ウタは表情を変えずにそう言った。

「……なんで、こんなことするの……」

「それはぼくが言いたいよ。どうして、他の男のところに行ったの?」

「そんなの、ウタに関係ないでしょ」

何故か泣きたくなってきた。濡れたブラウスが肌に貼り付いて気持ち悪い。

「私が誰と何をしようと私の勝手じゃない。彼氏でもないくせに、いちいち口出ししないでよ」

胸に渦巻いていたことを吐き出すと、ずっと変わらなかったウタの表情が崩れた。
防ぐ隙もないほどの速さで、背中を壁に押し付けられた。ウタが感情を表に出すのは久しぶりだ。

「ずっと恋人だって思ってたのは、ぼくだけだったの?なまえにとって、ぼくは何だったの?都合のいい相手くらいにしか思ってなかったの?」

「恋人?勝手に決めないでよ。好きなんて一言も聞いたことないし、言ったこともないじゃない」

声が震える。涙なのかお湯なのか分からないものが、頬を伝っていった。

「私だって、ウタにとっては都合のいい相手だと思ってた。自分でも分からなくなってきて、別の人とも同じことできるか試して、それで……」

その先が出てこなかった。他の男と寝たところで、答えなんて見つからなかった。

「分からないの……自分の気持ちが分からない……ウタじゃないと嫌だって思った……でも、昔からずっと一緒にいたから、どの種類の好きなのかが分からない……」

ウタの手の力が緩んだ。すっかり自身も濡れてしまったウタが、嘲笑うように口元を歪めた。

「酷いね、なまえは。そうやって期待させるから、こうなるんだよ」

濡れた唇が押し付けられる。ベッドの外でキスをしたのは初めてだ。ただでさえ身長差があるのに、上から圧されるようにどんどん膝が落ちていき、とうとう座り込んでしまった。いつの間にかウタの腕を掴んでいた手の甲の上を、お湯が滑り落ちていく。

「ぼくはなまえが好きだよ。友達としてじゃなくて、1人の女の子として。ずっと好きだった」

好きという言葉が、重みを増して降り掛かってくる。
ウタはまっすぐに私を見つめてくる。その目から逃げたくなって俯くと、額にキスされた。

「今はまだ分からなくてもいいから、そばにいて」

胸が苦しい。これはきっと、抱き締められてるせいじゃない。
私は恋なんて知らなかった。




2016.01.14
 

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