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□君は太陽だ
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※ネタバレ注意
「うわ、本当にない……」
口の中を覗き込み、一箇所だけぽかりと空いた部分を見てなまえが呟いた。折れた歯を見せると、おおー、と感動したような声を漏らした。見上げてくるなまえの目は、少し赤みを帯びている。
「心配かけてごめんな」
「ほんと、今日だけで何回心臓止まりかけたか」
そう言って、なまえは止めていた足を踏み出した。
コートにいる間、何度も目が合った。焦りそうになっても、部員以上に緊張をして固く手を握りしめているなまえを見ると、笑顔になれた。青葉城西に勝った瞬間泣き崩れていた姿を思い出し、1歩前を歩く小さな背中に自然と頬が緩んだ。
「すっごい泣いてたな。みんな笑ってたぞ」
「うそっ!?」
勢いよく振り向いたなまえの顔が、薄暗い街灯の光でも分かるほど赤くなっていく。
「え、ちょ、明日応援行けない……」
「悪い、嘘だ」
「嘘かよ!」
小さな拳がピンポイントで鳩尾を突いてきた。地味に痛い。
お腹を押さえている間に先に行ってしまったなまえを追い掛け、隣に納まった。
「明日も応援頼むな」
「……明日こそ心臓が止まる気がする」
「止まらせないように善処するからさ。なまえがいないと勝てないから。な?」
「嘘だァ」
「これはほんとだって」
なまえが見ているからには格好悪い姿は見せられない。
このプレッシャーがあるか無いかでは、天と地ほどの差がある。格好いい姿を見せないと、というプライドが、窮地に陥った場合でも活力になる。結構単純なことだが、これが1番効く。
そういえば綺麗な黒髪のことを烏の濡れ羽色っていうんだっけな、とどこかで聞いた知識を思い出し、疑うような目で見てくるなまえの頭に手を置いて少し乱暴に撫で回した。
「やめてよ!もう!」
「シケた顔すんなって」
すると、なまえは急に黙ってしまった。ふざけていた空気が散ってしまい、どこか重苦しい雰囲気さえ漂い始める。
「どうしたんだよ。そんなに嫌だったか?」
怒っているのかと思って謝ると、なまえは首を横に振った。
「決勝の相手……すごく強いんだよね……」
小さな手に、また強い力がこめられた。
「……心配すんなって」
握られているなまえの手をとり、指を開かせた。
「今年は最高のメンバーが揃ってんだから。行くぞ、全国」
どんなに苦しい場面になったとしても、上を見れば、そこには必ず太陽のような存在がいる。
「……東京、行きたい」
「おお、連れてってやるよ」
「渋谷に原宿にお台場!」
「そっちかよ!」
普段通りのボケとツッコミに戻り、ようやくいつもの調子に戻った。
手は離さずに、歩調を合わせて少しゆっくりと歩く。
「今のうちになまえのパワー吸いとっとくわ」
「今日だけは出血大サービスだわ。出血だけに」
「……うまいな」
静かな世界に、なまえの笑い声が響いた。
最高のメンバーに最強の応援。
これは勝てる気しかしない。
2015.09.28