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□だってそういうお年頃
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ぽろぽろぽろぽろ。爪で軽く擦ると、色のついた肌の上から粉のようなかさぶたが落ちていく。かさぶたがなくなった部分は、より一層黒が鮮やかになった。

「楽しい?」

じっと私の指の動きを目で追っていたウタが、ふと口を開いた。

「楽しいよ」

ウタの体に新たな模様が入る度、かさぶたを剥がすのが恒例になっている。最初は首の後ろだった。右腕が終わって、今は左腕だ。ガムテープを貼っていっきに剥がせばいいのにと一度イトリに言われたが、こうして少しずつ自分の手で剥がすのが好きだ。

「次は、手の甲と指にも彫ろうと思ってるんだ」

まだ白い、手首より先を見る。指先まで細かい模様をいれたら、きっと綺麗だろう。

「私もデザイン決めるとき見に行きたい」

「うん、いいよ」

そして、また作業に戻る。
今日は珍しく私達以外誰もいなくて、室内はとても静かだ。バイトもないし、お腹も空いてないから食料を調達しに行く予定もない。これが終わったら何をしようかと考える。

「この後どうする?」

同じことを考えていたのか、ウタが尋ねてきた。

「どうしよう」

「買い物行く?」

「この前新しい服買ったでしょ」

「でも暇なんだもん」

拗ねるような口調で言うと、ウタは黙ってしまった。だが無駄遣いはだめだ。
暫く無言だったウタが、あ、と声を出しだ。

「じゃあ、えっちしようよ」

「なんでそうなるの。やだよ」

「誰もいないのに」

「そんな気分じゃない」

最後にそっと息を吹きかけ、残っていたかさぶたを落とした。ソファに敷いていたティッシュを丸めてゴミ箱に投げると、綺麗に中に入った。
が、ナイスシュートと一人で喜んでいると隙を突かれてしまった。足を引っ張られて体勢が崩れ、続けて体を支えられないように腕を掴まれ背中と頭がソファに着地した。足の上に乗ってきたウタは、それはそれは楽しそうだ。

「本当にしたくなってきちゃった」

「嫌だってば。一人でしてよ」

「そんな酷いこと言わないでよ」

腕に力を入れて抜こうと頑張るが、さすがに男の力には勝てそうにない。足掻けば足掻くほどウタを喜ばせているようで、非常に不愉快だ。諦めて力を抜いて降参の態度を示すと、安心したように身を屈めてきた。しかし、途中でぴたりと止まって観察するような視線を向けてきた。

「いきなり頭突きするのはやめてね?」

「はいはい」

私も鼻血を浴びるのはごめんだ。
反撃しないという証拠に目を閉じると、すぐに唇が触れた。そんな気分でもないのに、ウタはキスが上手いから悔しい。舌の先と下唇を甘噛みした後、ウタは体をずらして首筋を少し強めに噛んできた。そして、その跡を労るように舐める。いやらしいことをしているというよりも、肉食獣にじゃれつかれているという方が近い。
もし誰かが来たらどうしようと思い浮かんだところで、ドアの外に何かの気配がした。まずい、とウタに知らせるよりも前に軋みながらドアが開く。

「なまえ、いるか?」

あ、とウタが小さく声を出した。
ドアの外に立っていた蓮示君が、時間を止めたように固まってしまった。

「……何か用?」

ウタが見兼ねたように訊くと、蓮示君は視線を逸らしてゆっくりとドアを閉めていった。

「悪かった……」

「待って待って!大丈夫だから!」

ウタを押し退けて慌てて立ち上がる。
帰ろうとした蓮示君を引き止め、半ば連れ込むように中に入れる。案の定、ウタの機嫌を大いに損ねた。

「蓮示君タイミング悪すぎ。ほんとありえない」

「……鍵くらいかけろ」

「ノックぐらいすれば?」

壁際に避難している蓮示君を、ソファに凭れながらウタが挑発する。二人が殴り合いをし始める前に、急いで三人分のコーヒーをいれた。

「はい、一旦落ち着こう」

蓮示君を引っ張って一人掛けのソファに座らせ、二人の間に私が座る。普通このシチュエーションなら女の私が一番気まずい思いをしてもいい筈なのに、どうして二人の間を取り持っているのだろう。

「蓮示君は私に用があるんじゃないの?」

「蓮示君がなまえに何の用?」

すぐに喧嘩を売ろうとするウタの足を叩いた。
蓮示君は思い出したように、上着のポケットから小さな紙袋を取り出した。

「これ、あんていくの常連にもらったんだ。他にあげられる奴もいないからやる」

紙袋を受け取って開いてみると、かわいらしい紫陽花のピアスが入っていた。

「すごい、綺麗」

「手作りらしい。花も本物だそうだ」

「ありがとう、大事にする」

壊れないように、そっと紙袋の中に戻した。

「なんでなまえなの。イトリさんでもいいんじゃないの?」

「こういうのは、イトリよりもなまえの方が似合うだろ」

「それは蓮示君が決めることじゃないと思うな」

「はいはいはいはい」

ああ言えばこう言うウタの頬をつまみ、柔らかい肉をぐにぐにとつまんだ。普段は態度が大きいくせに、蓮示君の前だと小学生レベルだ。
蓮示君はコーヒーをいっきに飲み干すと、お礼を言ってから立ち上がった。

「邪魔したな」

「いえいえ。ありがとう」

蓮示君が出て行ってドアが閉まるや否や、ウタは倒れるようにして膝の上に頭を乗せてきた。根元の黒が目立ち始めている髪を撫でる。

「そろそろ染めよっか」

頬をつつくと、うん、と短い返事が返ってきた。これはまた随分と拗ねている。

「……買い物行く?」

「いい」

寝返りを打って、お腹側に顔を向けたウタは目を閉じてしまった。

「寝るの?」

今度は返事はなかった。
こうなってしまっては私は何もできない。頑張って手を伸ばして、テーブルの上にあったイトリの雑誌を取った。
暫くすると聞こえてきた静かな寝息に雑誌から目を移すと、あどけないかわいらしい寝顔があった。


2015.05.31
 

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