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□道化になるなら骨の髄まで
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「もう、なまえちゃんったら、飲みすぎじゃなぁい?」

目の前から奪われかけたボトルを、空いている左手で素早く掴んだ。

「私、まだ酔ってないから」

「でも、お肌に悪いわよ?」

頬に手を当てて、眉を下げるニコ。心配されるのも仕方がない。私は既に、一人で3本のボトルを空にしてしまっている。4本目も、あと3分の1ほどしか残っていない。

「貴重な血酒も、なまえに渡ったら水も同然ね」

酔いが回っているせいか、熱っぽく潤んだ瞳でイトリがグラスを回した。
今更なんと言われようと酔いにくい体質は治らないため、気にせずグラスに血酒を追加した。本当は思考が混濁するほど酔ってそのまま寝てしまいたいのだが、そんなことになるには程遠い。

「なまえ」

ニコやロマが騒いでいるなか、静かだがしっかりとした声が耳に届いた。
ウタがボトルに栓をして、私の手からグラスをとった。

「もう終わり。酔ってなくても飲みすぎは駄目だよ」

ウタに言われれば、不思議と反論ができなくなる。ウタは半分ほどグラスに残っていた血酒を一口で飲み干すと、作業机の上にグラスを置いた。

「もう休もう」

私の返事も待たず、ウタは私の手を引いた。

「悪いけど、先に失礼するよ。好きなだけ居てくれていいから」

「はいはーい。おやすみー」

調子よく手を振るイトリの口元が緩んでいる。

「あ、でも店を汚さないでね」

思い出したようにウタが付け加えると、全員が返事をした。
おやすみと見送られ、連行されるように奥に進む。緩慢な動作で靴を脱いでいると、揃える間もなく待ちくたびれたようにウタに抱え上げられた。その足は、当たり前のように寝室に向かう。
黒いカバーで統一されたベッドに降ろされ、人間が熱をだした時にするように、額に手が当てられた。ひやりとしていて気持ちいい。

「明日が休日だからって、飲みすぎだよ」

「……ごめん」

母親に怒られているような気分になり、素直に謝った。
額に置かれたままのウタの手をとり、懇願するように握り締めた。酔えなくて眠れないなら、あとはもうこの方法しかないのだ。しかし、まだみんなが店にいることを思い出し、手を離した。

「やっぱりいい」

着替えようと起き上がると、笑みを浮かべたウタに腕を掴まれた。

「なまえが声を我慢すれば大丈夫だよ」

抵抗する間もなく、再びベッドに体が沈んだ。
目を閉じて、“彼"のことを考える。彼はまだ仕事中だろうか。それとも、どこかで喰種を狩っているのだろうか。
肌が外気に曝される寒さを感じて目を開けると、赤い瞳が見下ろしていた。

「何考えてるの?」

「……ウタのこと」

「ぼくのこと?」

「うん。ウタの手、好きだなあって」

こんなにも簡単に、私の口からは嘘が流れていく。
ウタは嬉しそうに微笑むと、私の頬を包み込むように撫でた。
ウタが好きだというのは嘘ではない。ただ、あの日を境に順位が変わってしまったのだ。
初めて“彼"と会った日。
初めて“彼"と闘った日。
静かで知的な空気とは裏腹に、人間とは思えないほどの圧倒的な力。今では特等となった、有馬貴将。
ウタと一緒にいても、彼のことが頭から離れない。永遠に伝わることのない想いは日に日に重く鉛のようになっていき、胸を詰まらせる。

「ウタ」

有馬貴将――
貴方が――

「好き」

だから早く私を見つけて、探して、殺しに来て。

「ぼくも、好きだよ」

ウタの口から紡がれた本物の言葉で、また私は救われる。




2015.03.05
 

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