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□ブラックジョーク
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夕飯のシチューをかき混ぜていると、前触れもなく背後からウタの腕がお腹に巻き付いてきた。火を使っている時は気配を消して近づくなと何度も言っているのに。

「ウタ、危ない」

「ごめん」

絶対に思っていないだろう。その証拠に、謝っておきながらまだ離れようとしない。

「それ、なあに?」

「……ビーフシチュー」

「おいしい?」

「うん」

「きっと、なまえの方がおいしいよ?」

「ウタにとってはね」

ウタは私の肩に頭を乗せたまま、じっと手元を覗き込んでいる。暇なのだろうか。

「ぼくは人間のご飯は食べられないけど、ご飯を作ってるなまえを見るのは好きだよ」

「ありがとう」

本当は、少しだけ寂しい。
この前、友達が彼氏のために大学にお弁当を作ってきていた。おいしいと何度も言いながら嬉しそうに食べていた二人を見て、胸が痛んだ。
昔から料理は得意だったけれど、彼に食べてもらうことはできない。一人で食べる食事には慣れた筈なのに、あの光景を思い出すと悲しくなってくる。
種の壁は超えられないと、頭では分かっているのに。それを承知で付き合っている筈なのに。
私だって、ウタに近づきたい。

「なんだろう……このシチュー、不思議なにおいがするね」

耳元で聞こえた言葉に、心臓が跳ね上がった。

「そう?別に変わったものは入れてないんだけど」

「でも、他の料理の感覚と少し違う」

「えー、スパイス入れすぎたかな?」

「……そっか」

そう言ってウタは離れてリビングの方に戻っていった。
深く息を吐いて、火を止める。シチュー皿に盛り付け、念のため換気扇はつけたまま私もキッチンを出た。
ソファに座ってマスクのデッサンか何かを描いているウタの背中を見ながら、テーブルに皿とスプーンを置く。二つある椅子のうちのいつもの席に座り、手を合わせた。
まずは具を避けて一口飲んでみる。
大丈夫だ。おいしい。
次に、一口サイズに切った肉を掬った。
ゆっくりと、口に運ぶ。

「なまえ」

口に入れる直前、ウタに名前を呼ばれて手が止まった。

「それ、何の肉?」

相変わらず、ウタはこっちに背を向けたままだ。

「何って……牛肉に決まってるでしょ?ビーフシチューなんだから」

「本当に?」

「本当、だけど」

脈打つ音が聞こえそうなほど、心臓が強く速く動いている。

「なまえ」

痛い。
心臓が痛い。

「ぼくの冷凍庫、開けた?」

スプーンと皿がぶつかるけたたましい音が、室内に響き渡った。



2014.09.13
 

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