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□ここで砂糖をひとつまみ
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肌触りのいいシーツも、そこに広がる自分の髪も、全部黒い。ただでさえ薄暗い部屋が、更に暗く感じる。視線を上げても、私を見下ろすウタの目も黒い。
この部屋の中は、何もかもが黒い。

「……仕事は?」

「終わった」

あまり頭は働かない。
今いいところだからとマスク作りに熱中していたウタを置いて、先に寝ていたのだから無理はない。今は何時だろう。もしかしたら夜中の2時をとっくに過ぎているのかもしれない。
ベッドを独占してしまっていたから起こされたのかと思い横にずれようとすると、中央に引き戻された。嫌な予感しかしない。

「なまえ、したい」

何を、なんて訊くまでもない。
普段ならいいよと答えていただろうが、今はそんな気分ではない。寧ろ睡眠を妨害されたせいで苛立ちが湧き上がり始めている。

「また今度ね……」

おやすみ、と寝返りを打とうとすると、肩を掴まれまた阻止された。

「だめ、今がいい」

寝間着にしているウタが以前着ていたTシャツの裾から、手が入ってきた。生憎、今はこのTシャツと下着しか身につけていない。しかもノーブラときた。
誘うように脇腹を撫でられ、体が震えた。

「ね?いいでしょ?」

耳元で囁かれ耳朶を甘噛みされれば、あっさりと決心は崩れ落ちた。
降参だ。白旗でもなんでも上げてやる。

「……わかった、いいよ」

暗がりの中でも、ウタの目が光ったのが分かった。
サイドボードのランプが点けられ、薄暗かった視界が途端に橙色の光に包まれる。眩しくて反射的に目を閉じると、その隙を狙っていたように口を塞がれた。ピアスが冷たい。

「はい、ばんざーい」

「え……!?」

間髪入れず、シャツの裾を掴むとひん剥くように脱がされた。ムードの欠片もありゃしない。
クーラーの効いている室内は快適だったが、流石に下着1枚になると肌寒い。

「目、覚めたでしょ」

愉しそうにウタがそう言って笑った。

「はいはい、覚めましたよ」

いつものことだ。子供のように笑うウタを見ると、なんでも許してしまう。
風呂上がりなのか、ウタの髪はまだ少し湿っていた。首や胸に髪の束が当たる度に、くすぐったくて笑いそうになるのを我慢する。
首を横に回すと、体を支えているウタの手が見えた。細かな模様が刻まれた綺麗な手は、人間であろうと喰種であろうと簡単に貫くことを知っている。

「どこ見てるの?」

見つめていた手が頬に添えられ、言葉と共に動いて顔を正面に戻された。
下着のウエスト部分に指が引っ掛けられた感触がしたので少し腰を上げると、そのまま下に引っ張られて丸まりながら足から抜けていった。もう何も身を隠すものはない。

「ねえ、寒い」

ウタの背中に腕を回して引き寄せると、赤い舌が覗いて唇を舐められた。

「そんな誘い方、どこで覚えたの?」

「本。昔の遊女のお決まりの誘い文句」

寒いから早く抱いて、と甘えるように男に擦り寄る女の姿が頭に浮かんだ。言ってはみたものの、自分には似合わない。しかしウタは気に入ったようで、いいねそれ、と更に体を倒してきた。
舌を絡められれば火がついたように体が芯から熱くなってきて、鏡で確認するまでもなく目の色が変わったのが分かった。こうなってしまえば、そういう気分じゃないなんてもう口にできない。

「くっついてたらあったかいね」

「そうだね」

「もっとくっつこうか」

上体を起こすウタを目で追っていると、そのまま自分まで引き上げられた。ウタの膝を跨ぐと、下から衣擦れの音がした。

「ん、いいよ」

支えられながら、ゆっくりと腰を下ろす。ぽっかりと空いた女の足りない部分が満たされていくのが分かった。
熱い。
もう寒さなんて微塵も感じない。
少し苦しげなウタの吐息が耳に当たり、更に心拍数と体温が上がる。
蔦が絡みつくようにウタの腕が背中と後頭部に回り、きつく抱き締められた。

「なまえ……」

「な、に?」

「好きだよ」

ゆっくりと、噛み締めるように紡がれたその言葉に胸が締め付けられた。言葉にしなくても分かるほど、ウタからの愛は伝わってくる。

「私も、好きだから」

「うん、知ってる」

まさかの返しに、笑ってしまった。

「なにそれ」

つられたようにウタも笑う。
本当に、怖いくらいに幸せだ。


2014.08.22
 

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