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□君がいれば何もいらない
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突然、目の前に人間の腕が差し出された。
顔を上げれば、まず派手な金髪が目に入った。
二つの赫眼が、私を見下ろしている。

「……食べて」

暫く互いに無言で見つめ合った末、彼の方が先に口を開いた。
いつもなら喜んで食らいつくところだが、今は食欲なんて微塵もない。

「……いい……」

私が断ると、彼は少し首を傾げた。
そして、何も言わずに私の隣に立った。

「ここ、眺めいいね」

今は何も入っていないビルの屋上は、妹のお気に入りの場所だった。
共に生きてきた、たった一人の家族との思い出の場所。
いつも妹がいた隣には、ついこの間までしょっちゅう縄張り争いをしていた4区のリーダーがいる。
突然現れたかと思えば、喧嘩を売ってくるでもなく獲物を差し出してきたから気持ちが悪い。

「……なんなの」

暫く食事をしていないから、今彼と喧嘩をすれば恐らく私は死ぬ。
もう、それでもよかった。

「最近姿を見なかったから、ちょっと気になって。ライバルがいないって、つまらないものだよ」

「からかいに来たの?それとも情けをかけに来たの?」

脅すつもりで赫子を出そうとしたが、霧状に出ただけで結合までは行かなかった。
最悪だ。情けない姿をよりにもよってこの男に見られてしまった。

「だから食べてって言ったのに」

目の前で、また獲物の腕が揺らされる。
本当に、情けない。
何よりも、妹を助けられなかった自分自身に怒りがおさまらない。
目頭が熱くなり、視界が歪んだ。

「……殺して……」

気付けば、そう呟いていた。

「私を、殺して……」

フェンスを握り締め、嗚咽を我慢する。 軋みながら、フェンスが私の手の形に歪んだ。

「……それはつまり、君の命はぼくの好きにしていいってこと?」

私が黙っていると肯定と受け取ったのか、そう、と彼は呟いた。
直後、肉を噛み千切る音がした。
驚いて横を見ると、目ではとらえられない速さの動きで彼が動いた。
唇に柔らかいものがぶつかり、直後口の中に血の味が広がった。押し込むように肉が口の中に入れられ、反射的に飲み込む。
少し顔を離した彼の口元は、血で濡れていた。

「どう?君の妹を殺した男の肉の味は」

「……は?」

まさかと思い喉を押さえる。

「これ、君の妹を殺した白鳩だよ」

「……なんで……」

止まっていた涙が、堰をきったように溢れだした。

「君のことは自由にしていいんでしょ?なら、これからはぼくと一緒に生きてよ。絶対に一人にしないからさ」

そっと握られた手を、私はいつの間にか握り返していた。





「っていうのがきっかけ、かな」

「うわぁ……」

前のめりになって聞いていたトーカちゃんと雛実ちゃんが、頬を赤くして声を漏らした。
隣で聞いていたその張本人を、その向こうにいるカネキ君まで頬を赤くして見ている。

「すごいですね、ウタさん……」

「若かったからできたんだよ」

「え、でも、二人はそれまで縄張り争いしてたんですよね?」

ウタと顔を見合わせ、そうだったな、と改めて思いなおす。
4区の2大勢力と言われていた時代もあったが、結局私がウタと暮らすようになっていつの間にか統合していたのだ。

「ぼくはそれより前からなまえのこと好きだったんだけどね」

「そうなの……!?」

また前のめりになるトーカちゃんに苦笑する。
こういうところは女子高生だ。

「ほら、好きな子にはちょっかいかけたくなるでしょ?ね?」

同意を求めるようにウタはカネキ君を見たが、カネキ君はいまいち理解できないという表情をした。

「まだよく分からないですけど、そういうの、ちょっと羨ましいです」

「カネキくんも、そのうち分かるようになるよ」

からかうようにカネキ君に言ったウタの首元に、ふと目がとまった。首を一周して彫られている文字。

あなたがいなければ、私は生きていけない。

「なまえ」

名前を呼ばれ、顔を上げた。
あの日とは違い、もうすっかり大人の顔つきになったウタと目が合う。

「そろそろ帰ろうか」

サングラスを取り出しながら、ウタは立ち上がった。

「そうだね」

トーカちゃんとカネキ君も、そろそろ休憩が終わる頃合だろう。
先に雛実ちゃんと別れ、下の喫茶店に降りた。
芳村さんに挨拶をしてから、あんていくを出る。
店を出ると自然な流れで繋がれた手に、笑みがこぼれた。
これから先も、こうして二人で並んで歩けるのなら、私はもう何もいらない。




2014.07.10
 

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