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□春
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「いやー、本当にありがとうみょうじ!ほらほら、好きなだけ食べろ!マネージャーは体力勝負だぞ!1年はタダだからな!」

「あ、ありがとうございます……」

これが、大学か。
明早大学自転車競技部新入生歓迎会。
新しい世界に足を踏み入れてしまった気分だ。酒が並ぶことにより、いきなり大人になった気がする。
箱学時代に引き続き大学でもマネージャーとして入部したのだが、予想以上の歓迎を受けてしまった。
そりゃそうだ。マネージャーは、私一人。男だらけの部員の中に、私一人だけ。
バスケ部やサッカー部、野球部などメジャーなスポーツのサークルには当たり前のようにマネージャーがいるのに、ここでは私一人だけ。
あれよあれよという間に隼人と福富君から引き離され、先輩方の中に放りだされた。
既に酔っている先輩も何人かいて、絡まれる絡まれる。勿論まだ未成年の私はさっきからカシスソーダしか飲んでいない。

「ねえねえ!なまえちゃんってさ、彼氏いるの?」

「え……」

「おおー!お前それとうとう訊いたなー!よくやった!」

やはりこういう話はつきものらしい。
沸き立つ先輩方に気圧され、そのノリについていけない。
その彼氏とやらを探すと、違うテーブルからこちらを見ていた。明らかにご機嫌斜めだ。
女子マネージャーがいないと知ったとき、一度は入部を止められた。それでも、私は反対を押し切って入部したのだ。
彼はこういうことを予想していたのだろう。
大学って恐ろしい。

「で、どーなの?彼氏、いるの?」

ビール片手に再度訊かれ、あー、と視線を泳がせる。

「えっと……います」

「マジ!?いんの!?え、誰誰!?」

「……新開、くん」

先輩方の目が、私から隼人に移る。
隼人は私がはっきりと申告したからか、すっかり機嫌がなおっていた。

「え!?お前らそういうこと!?」

「はい、まあ、高校の時から……」

「そっかーそういうことかー。なんだよリア充めー。大学まで彼女と一緒とか羨ましすぎだろー。オレも彼女ほしーッ!」

「なんかすまん!おい新開!こっち来てやれー!」

気をつかってくれたのか、隣にいた先輩が皿と箸とグラスを持って立ち上がった。バトンタッチして、隼人が移動してくる。

「はァ……この先心配だ」

開口一番に溜息をつく隼人。

「やっぱ止めときゃよかったな」

「まあまあ、私は大丈夫だから」

隼人を宥め、先輩に大量に盛られた料理の消費に取り掛かる。
隼人のおかげでその後は変に絡まれることもなく、歓迎会は無事終了した。
新入生のための会だというのに、先輩方はこれから二次会でカラオケに行くらしい。それは丁重にお断りして、隼人と二人で家路についた。
まだ引っ越してきたばかりなので、土地勘がまったくない。来た道をたどって、大学の近くにあるマンションを目指す。

「こんな時間に外歩くなんて新鮮だな」

「うん。私服の隼人も新鮮だけどね」

ジャージと制服姿ばかり見てきたため、私服の隼人にいまだに慣れない。

「それを言うならなまえもだろ。あんまり露出度高い服着て大学行くなよ?」

「はいはい、分かってるって」

「はいは一回」

「はーい」

親子のようなやり取りに、互いに顔を見合わせて笑う。
隼人とこんな風に二人きりになることも新鮮だ。部活ばかりでろくにデートもしたことがない。
隼人ってやっぱりかっこいいんだな、と他人事のように隣を歩く彼を見上げた。ちょうど私の方を見た隼人と目が合い、心臓が跳ねた。
繋いでいた隼人の手に、更に力が入る。

「ありがとな、なまえ」

「え?何が?」

いきなり礼を言われて、その意味が分からず尋ね返す。
隼人が足を止めたので、半歩ほど前で振り向いた。

「なんていうか、全部、だな。ちゃんとお礼言えてなかったからさ」

「全部?」

「ああ。悩んでたとき側にいてくれたことも、去年のインターハイのときのことも、受験のときのことも、またマネージャーしてくれることも、全部だ。何よりも、オレの彼女になってくれたことに、一番感謝してる」

その言葉に、鼻の奥が熱くなって、視界が歪んだ。
高校に入ってからというもの、私の日常生活の中には必ず隼人がいた。漠然とした友達としての好きが恋愛感情に変わって、友達から恋人になって、最初の頃の初々しさはなくなったものの今では隼人のいない生活なんて考えられない。
恋が愛になるとは、まさしくこういうことを言うのだろう。

「私も……私のこと、好きになってくれて、ありがとう……」

今でもはっきりと覚えている。
隼人が好きだと言ってくれた日――新開君が隼人になって、みょうじがなまえになったあの日のことを。
涙声でありがとうと言うと、隼人が私の頭を撫でた。
大きくて温かい手に、また涙が溢れた。

「これからもよろしくな、なまえ」

「うん……!」

また、隼人と共に春を迎えることができた。
今はそれが私にとって何よりも幸せなのだ。






2014.04.07
 

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