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□惚れた欲目
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「紅明様」

呼びかけても返事はない。
なまえは呆れたように溜息をつき、目の前で死んだように眠っている夫を見下ろした。
長い髪が布団の上に広がっており、丸まって眠るその姿はもはや人ならざるものに見える。
よほど疲れが溜まっていたのだろう。しかし、ならばもう少し寝かしておいてやろう、という生温い心情をなまえは持ち合わせてはいなかった。

「紅明様!何度言わせるのです!」

耐えかねたなまえは掛け布団を掴むと、紅明から剥ぎ取った。寝台の端まで転がるように飛び出た紅明が、驚いて目を覚ます。
これでも、煌帝国の第二皇子である。

「おはようございます、紅明様」

「……おはよう……」

なまえは後ろに控えていた女官に、衣類や装飾品を持ってくるよう合図をした。
重い体を動かして這い出るように寝台から降りた紅明に、なまえが愛おしげに微笑む。

「まったく、まるで子供ですね」

女官が持っていた櫛をとると、なまえは自ら紅明の髪に櫛を通した。

「今日のお昼は会食ですよ。いつも以上に身なりを整えなければ」

「ああ、そうでした……」

面倒くさそうに紅明が返事をする。
なまえは紅明の髪を梳き終わると、女官と交代して紅明から離れた。

「わたくしは義妹様方から朝食に招かれておりますので、今日はこれにて失礼いたします」

「なまえ」

寝室を出ようとしていたなまえを、紅明が呼び止める。
振り向いたなまえに、紅明は笑みを浮かべた。

「ありがとう」

「……はい」

なまえも笑みを返し、一礼してさがっていった。



-* * *-




「それはそれは、仲睦まじいようで何よりですわ」

なまえの話を聞いた紅玉が、羨ましそうにそう言った。

「しかし、義姉上は物好きですわね。明兄様は炎兄様や紅覇と違って、夫にするにはどうもいいとは思いませんが……特に美男子というわけでもありませんし……」

紅明の腹違いの妹の一人がそう言い、他の妹達も順に溜息をついていく。
生活力はない上にあまり社交的ではなく、兄紅炎の陰に隠れてしまっているような次男。立場も第二皇子であるため、王位を継承する保障もない。
なまえはもともとこのきょうだい達のはとこにあたる。
身分もそれなりに高く、またその容姿と器量の良さから、いずれは紅炎に嫁ぐものとして育てられた。が、なまえは第一皇子である紅炎ではなく、紅明を選んだのだ。
なまえは静かに義妹達の意見を聞いていたが、飲んでいた茶を置いて伏せていた目を上げた。

「紅明様はそこがいいんですよ」

なまえのその一言で、場が静まった。

「紅明様は確かに駄目なところばかりですが、私は紅明様のそういうところが好きなんです。気取らず威張らず、皇族でありながら誰よりも普通で……私は、そんな紅明様をお慕いしているのです。もう子供のようで……」

紅明のことを思い浮かべながら、なまえが頬を緩ませる。

「本当にかわいらしい……紅明様……」

夢見る乙女のようなその姿に、その場にいた者は心の内で首を傾げた。
なまえの方が紅明に相当惚れこんでいるようである。
それは、親族が集まる会食の席でも一目瞭然だった。

「紅明様、しっかりしてくださいな」

寝不足により気を抜けばすぐに船を漕ぎ始めてしまう紅明を、なまえがすかさず横から支える。

「ああ、すまない……」

「ほら、ちゃんと栄養をつけないと」

紅明の分も料理を皿によそい、母親のように食べさせる。
近くで見ていた紅炎は、そんな弟夫婦を見て口角を上げた。

「うまくいっているようで何よりだな。最初はあんなにびくびくしていたというのに、夫婦らしくなったではないか」

「はあ、おかげさまで」

「いいよなぁ、明兄は。綺麗な奥さんもらえてさぁ」

正面に座っていた弟紅覇の言葉に、紅明が苦笑して前髪を弄った。

「本当に、毎日が夢のようです。恐らく、わたしはもうなまえなしでは生きられないでしょう」

「紅明様……」

頬を赤く染めるなまえに、今更自分の言葉が恥ずかしくなり俯く紅明。すっかり二人の世界である。
だが――

「ほう……。この分だと、甥か姪の顔が見れる日も近いかもしれんな」

紅炎のこの一言で、紅明もなまえも一瞬のうちに固まってしまった。

惚れた欲目。
惚れた相手のことならば何でも贔屓目で見てしまうこと。また、欠点でさえも長所に思えてしまうこと。








2014.04.01
 

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