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□塗り固められたそれは愛か嘘か
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※2月14日設定


鬼灯様が企画した奇妙なバレンタインと節分のコラボにより、閻魔殿の中にはカカオが飛び交っていた。
鬼灯様の陰に隠れて、飛んできたカカオがぶつからないように注意しながら異様なその光景を眺める。

「バレンタインにチョコレートを渡す習慣ができたのって、ほんの数十年前からですよね。地獄にまで広まるとは」

「まんまとチョコレート業界の戦略に嵌ったんですよ、日本人は」

鬼灯様はそう言うと、私を見下ろした。

「なまえさんもします?」

鬼灯様は表情を変えずに、カカオ豆を差し出してきた。
ふと、白い神獣の姿が浮かんだが、すぐに首を横に振った。

「いいえ、私は結構です」

「そうですか」

「はい」

「……」

「……」

断ったのに、鬼灯様はじっと私を見続ける。互いに無言で、なんとも言えない空気に包まれた。

「……あの、何か?」

堪えかねて私から口を開くと、鬼灯様は少し首を傾げた。

「私に投げつけてみますか?」

「どうしたんですか急に!?」

あの鬼灯様からとんでもない言葉が出てきた。
どうやら冗談ではないようで、鬼灯様は私の手をとるとカカオ豆を乗せてきた。

「さあ、どうぞ」

腕を広げて待ち構えている鬼灯様と、手の上のカカオを交互に見る。

「……いやいやいやいや!無理です!いいです!」

「なに、遠慮はいりませんよ」

「遠慮じゃないです!」

どうすればいいか分からずカカオを持ったままあたふたとしていると、後ろから腕を掴まれた。

「なまえちゃん発見!」

「チッ」

背後から聞こえた声と、鬼灯様の眉間に寄った皺によってすぐに誰だか判断がついた。
私が反応するよりも先に、腕を引かれて大王の玉座から降りる。

「ちょっとなまえちゃん借りるよー!」

「待ちなさい白豚!」

イベント真っ最中の獄卒達の間をすり抜けながら、目の前の白い背中を追いかける。
止まることなく閻魔殿の外に出て、人気の無い庭にたどり着いたところでようやく白澤が止まった。こっちは走りにくい着物だというのに、容赦ない。

「ふう、ここまで来たら大丈夫かな」

振り向いた白澤は、気持ち悪いほど頬が緩んでいた。

「なんなの、いきなり」

「だってほら、今日はバレンタインだし」

「ちゃんと言葉のキャッチボールしませんか」

「はい、これ!」

まったく成り立たない会話に反論しようとしたら、目の前に赤いものがよぎった。
視線を落とせば、赤い薔薇が3本。
状況がのみこめず、白澤に視線で訴える。すると、白澤は察して説明してくれた。

「ああ、中国ではね、日本とは違ってバレンタインには男性が女性に薔薇を贈るんだ。だから、これは僕からなまえちゃんへ」

「へえ、ありがとう」

リボンで結ばれた3本の薔薇を受け取る。それらは、ちゃんと全ての棘がとられていた。

「本数によって意味も違うんだ。1本ならあなたしかいない、3本なら愛しています、108本なら結婚してくださいってね」

「ふーん……え?」

手にしていた3本の薔薇を見ていた視線を、白澤に向ける。

「大好きだよ、なまえちゃん」

心臓が、締め付けられた。
嬉しさと悲しさという正反対の感情が混ざり合い、胸の中で渦巻く。
その言葉は、今まで何度も聞いてきた。
そして、その言葉を聞いているのは、私だけじゃないということも知っている。
この薔薇は、この先1本になることも108本になることもないのだ。

「なまえちゃん?どうかした?」

私が黙っていると、白澤が顔を覗き込んできた。
慌てて笑顔を浮かべ、なんでもない、と返す。

「あ、じゃあ私もお返し」

「ほんと!?」

顔を輝かせて喜ぶ白澤から、少しだけ距離をとる。
不思議そうに瞬きをする白澤に、カカオ豆をありったけの力をこめて投げつけた。

「そらぁぁぁぁぁあ!」

「ぐぼらッ!」

カカオ豆は弾丸のように空気の渦を作りながら、まっすぐ白澤の鳩尾にめり込んだ。
衝撃で後ろに倒れた白澤が、手足を痙攣させる。

「こ……こんなバレンタイン……知らない……」

「地獄流のバレンタインなの」

「なまえちゃんの愛が……バイオレン……ス……」

「相変わらずポジティブねー」

傍らにしゃがみ、白澤の鼻をつまむ。
痛いだろうに、白澤は笑った。
どうしようもないダメ男なのに、私は白澤のことが嫌いになれない。

「これはこれでいいんだけど、来年は普通にチョコレートが欲しいな」

「覚えてたらね」

薔薇を持つ手に力を籠め、白澤の額にある目の印をつついた。





2014.02.14
 

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