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□愛の形は人それぞれ
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衣擦れの音がして、ベッドが揺れた。
少し目を開けてみれば、揺れる黒髪の間から覗く白磁のようになめらかな背中。
まだふわふわとしている意識のまま、母を求める赤子のように、彼女に手を延ばした。

「なまえちゃん……」

腕を掴み、掠れた声で彼女の名を呼ぶ。
彼女が振り向いた。
紅い唇が弧を描く。

「ごめん、起こしちゃった?」

「もう帰っちゃうの……?」

「仕事があるから。遅れたら鬼灯様に怒られちゃうでしょ」

鬼灯の名前が出てきて、途端に独占欲が湧き上がってきた。
体を起こし、彼女を腕の中に閉じ込める。互いに何も身に纏っていないままで、肌と肌が重なった。

「白澤?」

「次はいつ会える?いつ来てくれる?」

これじゃあ本当に子供だ。
気が遠くなるような年月を生きてきたというのに、彼女の前ではただの一人の男でしかなくなる。

「次……か……」

彼女の指が、脇腹にある目の印を撫でた。その手が、流れるように体に巻き付く。

「また、すぐに会いに来るから」

待っていて、と毒を流し込むように、彼女が耳元で囁いた。
嘘だってことは、頭では分かっている。
彼女は気まぐれな上に仕事が忙しいから、こうして二人で過ごす時間なんて限られている。
僕が他の女の子と遊ぶように、彼女だって他の男と遊んでいるのだろう。
それでも、彼女は僕にとって特別な存在で、僕も彼女にとって特別な存在だと知っているから、離れていても待っていられる。

「ごめん、そろそろ帰らないと」

彼女はいとも簡単に僕の腕からすり抜けていった。
素早く着物を着て髪を梳くと、彼女は最後に、ベッドに座って眺めていた僕に口付けを落とした。

「じゃあね」

「うん……再见……」

外が明るくなってきた。窓から朝日が差し込んできて、去っていく彼女を照らす。
ドアが閉まり、僕は一人残された。
二度寝をする気分にはならなくて、ベッドを出て着替えた。
店に出ると、既に桃タロー君が仕事を始めていた。僕を見て驚いたように目を見開く。

「おはようございます。早いですね、今日は」

「うん、おはよう。彼女と一緒に起きたんだよ」

背伸びをして、少し早いが仕事に取り掛かった。
注文されていた薬を調合するため、棚から必要な薬草を出していく。

「あの、白澤様」

「なんだい?」

床を掃いていた桃タロー君が手を止め、恐る恐るといった風に声をかけてきた。

「なまえさんって、なんと言いますか……他の女性とは白澤様の対応が少し違いませんか?」

桃タロー君に指摘され、周りから見ても違うのかと自覚する。

「そうだねえ……」

緩む頬をそのままに、手を動かしながら答える。

「なまえちゃんは特別なんだ」

「特別、ですか?」

「ああ」

他の人からすると、僕達の関係は歪に見えるかもしれない。付き合ってると言えば付き合っているし、付き合っていないと言えば付き合っていない。
もし僕達が普通の人間であれば、とっくの昔に結婚しているだろう。でも、長い時間を生きる僕達に、結婚なんて枷のようなものだ。二人とも異性と遊ぶことが好きだからこそ、枠にはめられたくない。
僕は女の子が大好きだけど、今も昔もこの先も、一番はなまえちゃんなんだ。

僕がそう説明すると、桃タロー君は頷いた。

「成程……愛は人それぞれってやつですね……」

「まあ、そういうことだね」

二人きりでなくとも、閻魔殿に行けば会えるし、忙しくてデートに行けない代わりに昼食を一緒に食べることもある。
たまに今日のように来てくれれば、僕はそれで充分なんだ。

「さてと、桃タロー君、店開ける前に仙桃採ってきてくれる?」

「分かりました!」

なまえちゃんパワーも補給したし、今日も一日頑張ろう。





2014.01.26
 

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