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□ホットショコラ
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普段はあまり酔うこともないのに、空腹状態で酒を流し込むように飲んだものだから、頭がグラグラする。脳が液状化して、動く度に中で揺れているような気分だ。
「それくらいにしときなよ」
手の中から、グラスが消えた。
私の手が届かないテーブルの端にグラスを置き、臨也が隣に座った。
「湖宵は自棄酒なんてしないタイプだと思ってた」
「そうだね、初めて」
「顔、ちょっと赤くなってる」
両の頬が、臨也の手に包み込まれた。ひんやりとした指先が火照った肌に気持ちいい。
「大丈夫?」
「……大丈夫だよ」
口ではそう言ったものの、涙で視界が霞んだ。
最初から叶わぬ恋だと分かっていたのに、希望を持っている自分がいたのも事実だ。それでも、ずっと隠して生きてきた。
大丈夫だ。正式に交際を始めたと話していた二人の前では、ちゃんと笑えていた。
本当に幸せそうだった。そりゃあそうだ。片思い24年と7年じゃ、重みが違いすぎる。ほんの少し残っていた希望も、綺麗に粉々だ。
「ねえ、臨也の目にはどう映ってる?無理だって分かってたのに、馬鹿みたいに同じ男追っかけてた哀れな女は。哀れ?かわいそう?」
「そんなこと……思ってない」
重ねられた彼の唇は、少し震えていた。
「俺だって一緒だ。湖宵のこと、笑えるような立場じゃないよ」
「……そうだね」
私が新羅を見てきた時間と同じ時間、臨也は私を見てくれていた。きっと、今の私がいるのは臨也のお陰だ。こんな私でも、臨也は愛してくれたから、無謀な恋を続けられたのかもしれない。
それなら、せめて、臨也にだけは、望みを叶えてほしい。
頬を包み込んでいる臨也の手に、自分の手を重ねた。
酔いのせいで、ソファの上で膝立ちするだけでも足が震える。
「臨也……」
「湖宵?」
ゆっくりと臨也の膝の上に乗り、彼の首に腕を回した。
不思議だ。臨也の匂いで、こんなにも心が落ち着く。
「臨也……抱いて」
彼の体が強ばるのを感じた。
「なに、急に……いつも嫌って言うのに」
「もう言わない」
腕に力を籠めると、恐る恐るといった風に臨也の腕が背中に添えられた。
「もう言わないから、抱いてよ」
「……俺は、それが酔った勢いであったとしても、断るような人間じゃないよ」
「うん、知ってる」
「俺は、寧ろラッキーだって思ってるよ。新羅と首無しがくっついたら、湖宵の気持ちが変わるかもしれないって喜んでる。それでもいいの?」
「いいよ」
狡いのは、臨也だけじゃない。
現に、私だって臨也を利用して新羅のことを忘れようとしている。それを、臨也が許してくれると分かっているからだ。本当に、私は狡猾な女だ。
ごめん、と呟くと、臨也は首を横に振った。
「謝らなくていいよ。俺にとっては利益なんだから」
「今まで私にいっぱい酷いことされてきたのに?」
「過程がどうであれ、今はこうして湖宵を一人占めできてる」
「……優しいね、臨也は」
「湖宵だけにはね」
「……ありがとう」
臨也は私の頭にキスを落とすと、私の膝を片側に寄せてそのまま抱き上げた。浮く感覚に少し恐怖を覚え、臨也にしっかりと抱きついた。
羨ましいほど細いくせに、やはり男だと実感する。
階段を登った先にある部屋には、未だに立ち入ったことがない。臨也が器用に片手で開けたドアの向こうは、シンプルな寝室だった。廊下と窓の外からの光に照らされているベッドは、一人用とは思えないほど大きかった。
ネイビーの柔らかい寝具に降ろされ、臨也も向かい合って腰を降ろした。
「先に言っとくけど、たぶん痛いと思うよ。俺だってできる限り優しくするけど、どこまで理性を保てるか分からない」
「臨也でもそんなことあるの?」
茶化すように言うと、臨也はまあねと呟き今までになく強引に唇を重ねてきた。
「今だって、早く押し倒したくて仕方がないんだ」
薄暗い部屋の中で、臨也の瞳がぎらりと光った。
2015.01.12